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「ええ、そうなんですよ。この子、なかなか一人で寝ようとしなくて、私が――」


「か、母さん! それより脱出した理由を聞かせてくれ!」


 こっちの方が、明らかに重要ごとなんだし。

 しかし母娘からは、軽い批難の眼差しを向けられる。これからが面白いところだったのに、と。


「ふう、空気の読めない子ですね」


「どっちがだ!? 優先順位考えろよ!」


「お、怒られました……母はただ、彼女達に貴方を知ってほしかったのに……」


「だったらせめて内容を変えろ!」


 渾身の叫びに、しかし母は反省する気配さえない。

 そこに紫音まで加わろうとしたので、俺は彼女を下ろして立ち去ることにした。隣では恋花が唖然としているし、仲間に入れてもらうとしよう。


「大変だな……」


「同情してくれて助かります。……でも先輩だって、ユーステスさんとか大変そうじゃないですか」


「あー、アイツの場合はちょっとした悪意があるからなあ。扱いは楽だぞ」


「なるほど……」


 どっちにしたって面倒だが。

 何やら意気投合している紫音と母を放置して、俺達は居間の方へと向かう。木製のテーブルと、それに応じた椅子が四つ。

 さすがにどちらも、埃をかぶっている。


「軽く拭いておこうか。なあ、雑巾はどこにある?」


「俺に聞かれても。――母さん、雑巾とかは?」


「ありますけど、水道は引いてませんよ。近くに綺麗な川がありますから、組んできてくださいな」


「え」


 川から水を汲むなんて習慣、俺にはない。

 加えて森の中とはいえど、ここは町に近い場所だ。魔力の濃度だって濃いままだし、健康に問題がないか心配になってくる。

 もっとも、恋花はやる気満々らしかった。


「了解した。行くぞ、誠人」


「あ、ああ、分かりました。でも母さん、その前に出てこれた理由をだな」


「釈放です」


「は?」


「いえですから、統括局の方々から自由になって構わないと。他、多くの魔術師たちも野に放たれましたよ?」


「――」


 思わぬ急展開に絶句する。あそこの化け物どもが自由の身だと?

 どう考えても悪い予感しかしない。統括局は何を考えてるんだ? 魔術都市は壁で『外』の世界と遮られているから、局を運営する者達に実害はないだろうけど……。

 恋花に手を引かれつつ、頭の中はその一点を疑問視していた。


「……ひょっとしたら、内部抗争でも起こっているのかもしれないな」


「統括局で、ですか? でもどうして」


「あそこは元々、『外』の政治家――日本政府が派遣している。中には左遷に近い形で送りこまれる場合もあるそうだ」


「大人の事情ッスか……」


「まあ壁の存在もあるからな。基本的に魔術都市が脱出不可能な牢獄である以上、統括局なんていらないだよ。極端な意見ではあるだろうが」


 あくまでも実験のため、ということか。

 統括局に軟禁されている魔術師は、突出した能力を持つ者が大半を占める。局は表向き、魔術の研究に関する協力者、ということで彼らを閉じ込めていた。モルモット、ともいう。


「扱いに嫌気の差している連中が、上の意向を無視して行動している可能性はあると思う。一枚岩じゃないって噂は、昔から聞くしな」


「んにしちゃ、リスクが高すぎる気が……」


「それだけ本気、ということだろう。――問題は、どの辺りで対立しているか、だな」


「どの辺り?」


 台所からバケツを二個取りながら、恋花は短く頷いた。


「例えば地陣家のことだ。巨人が学園を襲撃したことに対し、現場の者は責任が地陣家にあると主張していた。これは、そうだな……反政府側と政府側、とちらの意見なのか」


「順当にいけば、政府側の意見じゃないんスか?」


「だろうな。とすると反政府、つまり君の母を逃がした者とは、協力できる可能性は高い。……まあ本当に地陣家の責任かもしれないから、私からは何とも言えんが」


「……考え過ぎない方がいいと思いますよ?」


「はは、そういうわけにもいかないよ」


 自嘲するような、乾いた笑み。

 精神的な疲労は言うまでもなさそうだ。ここにいるのは一人の、重荷で潰れそうになっている少女に過ぎないと。


「父の主張は聞いたろう? 学園の襲撃もそれに基づいている。あそこは、貴族系以外の魔術師も在学してるからな」


「……もし本当に地陣家の責任だったら、先輩はどうするんスか?」


「言うまでもないだろう? 首は差し出すさ」


 そのあと、どうなるのか。

 統括局が身内同士で争っているなら、彼女にそこまで構っている暇はないかもしれない。もしかしたら母と同じように、無罪放免という可能性もある。

 ――でも、問題はそこじゃない。

 恋化には意思決定の基準が欠けている。彼女に言わせれば家のため、の一言で済むんだろうけど、俺には納得できない基準だった。

 もちろん彼女だって、俺の意見には納得しないだろう。

 とどのつまり、俺達は違う生き物だ。生まれた立場が似ていても、いま立っているポジションは違う。


「――でもさ、正直迷ってはいるんだ」


「い、意外ッスね」


「君が私を助けるからだぞ? ……その、さ、胸が高鳴ったよ。来るんじゃないか、って予想はしてたが、本当に来るとは思わなかったからな」


「そ、それはどうも」


 緊張しているのか、恋花にはいつものように歯切れよく喋らない。

 なんだからこっちまで緊張してきた。それっぽい表現を使われたお陰で、余計に意識してしまうというか。


「……迷惑かもしれないが、白状していいかな?」


「な、何を?」


「私は、君に憧れてた」


 ハッキリ告げられた、信頼の言葉。

 男として期待するような意味はないだろうに、心臓は張り裂けそうなぐらい脈打っている。


「子供のころからずっとだ。私は父に対して頷くだけの存在だったが、君が違っていたようだしね。まあ教育方針の違いでもあるんだろうけどさ」


「そ、そうですよ。俺、別に尊敬される程の人間じゃ――」


「いや、君は尊敬の対象だよ。少なくとも私にとってはね」


 さっきとは違う、優しくて安心した笑顔。

 木々の間から差し込んでいる月明かりに照らされて、まるで女神のようだった。

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