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「そうだな……連中の目的が性能実験だとすれば、その効率を上げることだろうな。あとは、さっきの君みたいな行動を誘発して、貴族系魔術師の評判を下げるとか」
「ふむ……」
どちらもピンとこない。
関係者から直に話を聞ければいいんだが、夢のまた夢だ。ユーステス辺りの階級では、全容を掴めているわけではなさそうだし。
「ねえ先輩、お兄ちゃんに連絡してみる? あの人なら何か知ってるかもしれないし」
「日暮さんに? 確かにあの人なら、何か知ってるかもしれんけど……」
「じゃ、さっそく電話してみるね!」
携帯を取り出し、素早い操作のあと受話口に耳を当てる。
しばらくすると、楽しそうな声が聞こえてきた。――中には罵倒も混じっている気がするが、考えすぎないようにしよう。
紫音はマシンガンのような勢いで要求を叩きつけていく。ただ話しているだけなのに、日暮の大変そうな様子が想像できた。
「……なあ、携帯って位置情報とか出してるんじゃないか?」
「あれ? ひょっとしてまずいッスかね?」
「いや、私に聞かれても……」
そうこう言ってる間に、紫音は連絡を終えてしまった。あっという間だったところを見ると、何もかも知らなかったんだろう。
「お兄ちゃん、魔術都市の情報はサッパリだって」
「やっぱりか……」
「でもなんか、最近は都市に入っていく魔術師が多いらしいよ? 学生とかじゃなくて、大人の魔術師」
「大人の?」
学生ぐらいなら分かるが、大人となると珍しい。
魔術師が魔術都市で暮らすか、『外』で暮らすかは成人までに決まる。それ以降に大人がやってくるとすれば、仕事の都合上だ。
日暮だってそれは弁えている筈。
にも関わらず彼は、多い、と表現した。かなりのレアケースだが、魔科学に関するイベントでもあるんだろうか?
あるいは神闘祭を身に来たとか――いや、それなら家族連れもいると教えてくれる。
「それぞれの魔術師がどのような身分かは?」
「おかしなぐらいに掴み切れなかったって。何か隠し事してるんじゃないか、って言ってた」
「隠し事……」
物凄い重要なんじゃなかろうか。
しかし現段階では、俺達で追跡するのは難しい。満足に町を出歩くのも危険なぐらいだ。
「――これ以上の推測は落ち着いてからにするぞ。父上が追跡してくる可能性だってある」
「そうなったら、一巻の終わりッスね……」
夜間、しかもこんな自然の領域となれば、勝ち目はない。
必然的に俺達の足取りは速くなった。もちろん、紫音は徐々に引き離されていく。ときどき走らなければ、確実に置いてけぼりになるところだ。
そこへ。
「探しましたよ、誠人」
緊張感を台無しにしかねない、緩みきった声の女性が現れる。
月明かりに照らされた美貌は、息子の立場でも見惚れてしまうほど美しい。
「お――」
「か、母さん!?」
なんで、どうして。
喫驚する俺とは逆に、余裕を保って母は頷く。何に対して肯定しているのかは不明だが、とにかくいつも通りなのは明らかだった。
紫音と恋花も、慌てつつ母に挨拶する。
気品のある態度で応じる彼女は、どこか嬉しそうでもあった。……まともに考えると、こっちまで同じ脳になりそうなので止めておく。
「ああ、こんなに可愛い娘が二人も……! 直ぐにお洋服を作ってあげないと!」
「か、母さん?」
「はっ! すみません私ったら、つい自分の世界に……」
そういえばこの人、着せ替えが趣味だったっけ。
なんだか二人と会わせてはいけない気がしてきた。紫音は娘だからともかく、恋花は人様の子だぞ。妙な真似をするんじゃない。
母はまだ片足を夢の世界に突っ込んでいるようで、まともな会話が成立する状態ではなかった。
「? どうした誠人。母親と再会するのは久しぶりだろう? もっと素直に甘えたらどうなんだ?」
「もうそういう年齢じゃねえよ。あと今、母さんには構わない方がいい」
「な、何故?」
紫音は楽しそうだぞ、と恋花は余計な点を指摘してくる。巻き込まれたくないので、俺は適当に相槌を打つことにした。
母親と娘の、笑いが尽きない会話。
いつまでも聞いていたいが、迫っている危機も忘れてはならない。
「母さん、せっかくだから一緒に来てくれ。どうして脱出できたのかは知らんけど、そっちの方が安全だろ?」
「あら、逃避行ですね、楽しそう。よければ私が道案内をしましょうか? 丁度いい隠れ家も知っていますし」
「隠れ家?」
母の口から、始めて聞いた単語だった。
妄想を語っているわけでもないらしく、彼女はしっかりした足取りで先頭に立つ。止めようとする俺の声に耳を貸す様子はない。
紫音と恋花は顔を見合わせているが、ひとまず付いて行くことに決めたようだった。
その場に棒立ちしているのは、俺だけで。
「い、いいの、か?」
少し疑いを残しながら、彼女達のあとを追っていく。
――――――――
状況の変化を順に示していくと、まず紫音がへばった。これから一時間は歩く、と聞き、動く意欲が失せてしまったというか。
その次は、三度進行方向が分からなくなった。母が道を忘れたのもあるが、元々そういう仕組みらしい。幻覚を起こす三重の結界があるとかなんとか。
最後の三つ目は、目的地への到着。
「はい、始導院が所有する別荘です」
「来たこと無かったぞ……」
「それはそうでしょう。使う機会がなかったんですから」
家は、木造の平屋だった。
外から見る限り、部屋は三つぐらいだろう。あまり手入れが施されていないのか、寂れた雰囲気が印象的な建物だった。
母は鍵を出すわけでもなく、そのまま中に入っていく。
期待せずについていくと、逆の意味で拍子抜けだった。中は、外の状態から連想するほど劣化していない。新築です、はさすがに誇張だが、中古物件としては優秀じゃなかろうか。
「布団の数は足りないと思いますけど……誠人でしたら、誰と添い寝しても大丈夫でしょう?」
「……いい。タオルケットでもあれば、それで寝る」
「まあまあ恥ずかしがって。何なら母と一緒に寝ますか? 昔のように、子守唄を歌って上げましょう」
「止めてくれ!」
そもそも、同年代の異性がいる前で言わないでほしい。男のプライドってやつがある。
まあ、
「先輩って、寝つきが悪かったりしたんですか?」
背中から動かないお荷物は、さっそく興味を持っていた。