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『大丈夫だったか?』
「うん。ユーステスさんが守ってくれたよ。……なんか、大変なことになっちゃったね」
『――体長とかは?』
「うん、大丈夫大丈夫!」
潔く頷く辺り、無理をしているわけでもなさそうだ。
しっかり期待に応えてくれたユーステスは、いつものように頭を下げる。服装はまったく乱れておらず、どこか超人然とした立ち姿だった。
『ところで恋花先輩は?』
「あの人は――」
「お嬢様は拘束されました」
あくまでも、淡々と。
気にするなとの意味を含めるように、ユーステスは言い放った。
「今回の騒動は、地陣家の暴走であると統括局は主張しています。ですのでお嬢様は、姿を現して直ぐに……」
『じゃ、じゃあ助けに行かないとマズイでしょう!? こんなところで喋ってる場合じゃ――』
「よろしいのですか? 紫音様も巻き込むことになると思いますが」
なんでそこまで冷静なんだ――ユーステスの厚顔には、苛立ちさえ覚える程だった。
一方で、正しい指摘なのも理解できる。ここで仮に紫音が承諾してくれたとしても、今回ばかりは簡単に動けない。下手をすれば魔術都市全体を敵に回す。
紫音だって狙われることになるだろう。奴らが彼女を狙ってこないのは、一種の妥協でしかない筈だ。理由さえあれば直ぐにでも奪いに来る。
全員蹴散らす? ああ、確かにそれが、一番簡単かもしれない。
だがその後はどうするのか。魔術都市の外だって、勢力としては統括局と同じもの。いつまで逃げ切れるか分からないし、そうなれば紫音を突き合わせるわけにはいかない。
止まれるのは、ここだけ。
「行こうよ、先輩!」
『!? ちょ、ちょっと待て! 一番苦労すんの、多分お前だぞ!?』
「いや、そんなのはどうでもいいから。先輩がやりたいように、我儘にいこうよ。それがアタシは一番嬉しいよ?」
『って言われてもな……!』
「良いではありませんか」
まさか、ユーステスまで背中を押しに来た。
彼は表情を一転させ、笑みを浮かべてすらいる。
『……からかったッスね?』
「さてどうでしょう? 私は誠人様なら、お嬢様を救って頂けると確信していましたよ」
『――』
頭に来るぐらいの白々しさである。
まあ仕方ない。彼女が統括局に捕まるのは、個人的に認められないし。貴族系の魔術師らしく、傲慢にさらうことを良しとしよう。
「お嬢様の連行は始まったばかりです。それなりの人数がついていますが、誠人様なら問題ないでしょう」
『分かりました。――じゃあ、行ってきます』
「お気をつけて。紫音様も、お元気で」
「はーい! あ、守ってくれて、ありがとうございます!」
いえいえ、と謙遜して振る舞うユーステス。
一息で空に飛んで、俺は学園へと進路をとる。腕に抱えている少女には、片腕を開けるために左側へ寄ってもらった。
学園めがけて、一直線に滑空する。
局員の群れを見つけ出すのは簡単なことだった。その中心にいる、美しい少女についても。
何名かの局員がこちらに気付いく。
しかし遅い。打ち出される魔術も、甲殻を貫通するほどの威力は出ていなかった。
雑だとは思いながらも、真っ向から敵を蹴散らす。
「っ!?」
一番驚いたのは、党の救助対象だったろう。
本心では反感で一杯かと思われるが、俺は問答無用で恋花を拾い上げた。そのまま紫音の隣に乗せる。
ややあって、
「な、何をやってるんだお前は!?」
『先輩を助けに来ただけッスよ』
なにぃ!? と案の定驚かれるが、俺はあえて反応を無視した。
直ぐに局員達が、増援と共にやってくる。余計な戦闘する気はなし、さっさと消えることにしよう。
「お、下ろせ! 私はまだ、自分の責任を――」
『まあ話は後で聞きますから。舌噛まないよう、口は閉じててください』
「ふ、ふざけ――」
声は夜空に消える。
こうして今後の方針は、二対一で決定した。
―――――――――
「座れ」
「あ、はい……」
「違う、正座だ。――ああ、それでいい」
足に帰ってくるのは、土と小石の感触。
現在地は森の中だ。以前、俺が紫音を取り戻した時の場所で、周囲には高濃度の魔力が残留している。一般的な規格の魔術師では中に入ってこれまい。
紫音も体調には問題なさそうだ。彼女はアンドロイドで、普通の魔術師とは違うわけだし。
「いいか、正直に答えろ。どうして私を連れ出した?」
「えっと……納得できなかったもので」
「私が統括局に捕まったことがか? 確かに彼らは、私達に罪を着せようとしたかもしれない。が、何も命まで奪おうという魂胆ではなかったろう。交渉の余地は十分にあった筈だが?」
「それは……まあ」
「だったらあんな方法を取らずに、正攻法で攻略しろ。統括局ばかりか、他多くの魔術師からも印象が悪くなるぞ。分かったな、偽善者?」
「ウス」
すみません、実は反省する気ゼロです。
恋花もお見通しなんだろう。怪訝そうな眼差しで、ジッと俺のことを睨んでいる。
「――まあ、君の行動が全面的に悪かった、とは言わないよ。局に閉じ込められてモルモットになるのも、平和ボケするのも嫌だからな」
「そ、そうッスよね」
「おっと、君のやり方を認めたわけじゃないぞ? 勘違いはするな」
最後に鼻息を荒くして、恋花は森の奥へと消えていく。
俺達が目指しているのは、ここから少し歩いた場所にある洞窟だ。魔力酔いを引き起こす可能性はあるが、逆に安全な場所でもある。
正座から立ち上がって、早足で恋花の後を追った。
少し歩いたところで、紫音が隣に並んでくる。
「怒られちゃったね」
「まあ、そういうやり方だったからなあ。しゃーないだろ」
でも肝心の心は、スッキリしている。
あとは今後が、紫音や恋花にとってマイナスとならないよう注意したい。決めたのは俺自身なんだから、それぐらいの責任は取らないと。
まず一番最初の目標は、衣食住を確保することだが。
「おい二人とも、急げ! いつ追手が来るか分からんぞ!」
案外と指揮をとってくれる恋化だった。
土を蹴って三人集まれば、紫音と恋花が前、俺が後ろという並びになった。紫音は危機感のない雑談を、恋花は責任感たっぷりの堅い会話を繰り広げている。
「――しっかし、統括局にも困ったもんッスね。問題を押し付けてくるなんて」
「向こうにすれば切りやすい駒だからな。量産型の始祖魔術を使用した者たちも、どうなっていることか……」
「あそこの巨人、やっぱり地陣家の人達だったんスか?」
「ああ、見覚えのある連中ばかりだった。……せめて話が聞ければ良かったんだが、その前に私も捕まってしまったからな」
統括局の目的は、分からず仕舞い。
こっちにあるヒントらしき情報は、やはりマキアスとの間にある隔たりだろう。
「……先輩、俺達を自由にして、統括局に何の利益があります?」