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「紫音、先輩に言いましたよね? 諦めちゃ駄目だって。でも今の先輩は、諦めているように見える」


「――」


「俺に頼んだのはユーステスさんですけど、了承した理由は紫音です。アイツ、先輩のこと気に入ってるみたいで」


「なるほどな。私は出汁だしに過ぎないのか」


「……ざっくり言うと、まあ」


 ひど過ぎるだろうか?

 しかし恋花は怒りを滲ませているわけでもない。反対に喜んでもおらず、溜め息だけが聞こえている。


「そうだな。昔っから君は、そういう男だった。……勝手なくせに誰かを見ていて、それを理由に仕立て上げる。性質が悪すぎるぞ」


「最近よく言われます」


「ああ。地獄に堕ちろ、偽善者め」


 嫌悪感よりも親しみを込めて、恋花は言い放った。

 俺は頷くだけで、言葉を返そうとはしない。ここから先はもう、力尽くで意見を通した方の勝ち。説得する時間など、もう終わっている。


 恋花は剣を、俺は拳を構えるだけ。

 女を殴るなんて最悪だが、ここは覚悟を決めるしかない。

 瞬間。

 地下通路そのものを揺さぶる激震が、俺達を襲った。


「な、何事だ!?」


「先輩後ろ!」


「っ――」


 咄嗟の反応だった。突き刺さる殺意を、手に持った剣で払おうとする。

 役割はきっちり果たされた。短い硬音が響いて、恋花は傷を負わずにいる。

 射手の名は言うまでもない。

 マキアスだ。地下通路の出入り口に立っている彼は、一丁の拳銃を紫音に向けている。


「困りますよ、動かれると。的は最後まで動かないから、的と呼ばれるのです」


「き、貴様、統括局の……」


「名乗るつもりはありませんので、その辺りで。……しかし驚きました。善は急げと言いますが、今夜動くとは。しばらく手を出すな、と言った筈です」


「俺に言ってんなら、飛んだ的外れだぞ。黙ってる馬鹿がどこにいる」


「なんと愚かな。これは正義のための性能実験です。それに協力できるのですから、大人しく指示に従ってください。貴方には人並みの道徳がないのですか?」


「人を悪魔だの人間じゃないだの言ってる癖に、今さら過ぎんだろ」


「――」


 相変わらずなこちらの返答に、マキアスは苛立ちを隠せていない。

 しかし以外にも、マキアスの方は即座に撃ってこなかった。――始祖魔術の力で、半端な攻撃では効果が薄いと知っているんだろう。

 だからか。


「よろしいのですか? こんな場所でじっとしていて」


 彼が選んだ手段は、口を使うことだった。

 思い当たる点はあるといえばある。紫音の安全なんかは、その最たるものだ。

 直後に聞こえる、誰かの咆哮。

 発生源は地上なんだろう、俺の耳にはくぐもって聞こえていた。マキアスが話し始めたタイミングといい、内容には大凡の想像がつく。


「虎勇さんか」


「ええ。貴方が通っている学園を襲撃していただきました。当然ですが、逃げようなんて考えは無駄です。暗闇があるところなら、彼はどこへでも現れますから」


「……」


「貴方が悪いんですよ、行動を起こすから。お陰で実験の予定が早まってしまった」


「そうかよ」


 ユーステスを信用してはいるが、果たしてどこまで持ってくれるのか。

 不安を捨てるのは不可能に近かった。自分の目で見て、自分の力で割り込むべき状況へ、明確に悪化している。


「精々、派手に戦ってくださいね。統括局の局員、総出でデータを取りますから」


「お前もか?」


「まさか、この僕はここで終わりです。止めることは出来そうにありませんからね」


「ほう、大人しく逃げると」


「いえ、こうしますよ」


 正義のためにね、と付け加え、マキアスは首に手を添えた。

 途端、周囲の魔力が目に見えて変化する。彼の元へ一斉に吸収され、力の渦を作っていく。


「やべ……!」


「な、なんだ? やつは何を――」


 自爆だ。

 なるほど手っ取り早い。替えのボディがあれば、躊躇する必要もなかろう。

 俺は急いで恋花の手を取り、来た道を全速力で戻っていく。一分一秒がおしい現状、喉から手が出るほどに竜化したかった。

 だが走る。失敗した時の言い訳なんて、今は考えるな。


「っ……!」


 通路から出た瞬間、爆炎が背後に迫る。

 ギリギリのタイミングで竜化して、俺は安全圏へと一気に逃れた。


『このまま学園に戻りますよ!』


「い、いや、下ろしてくれ! 私は君の敵だぞ!?」


『つべこべ言わない……!』


 大気に穴を開けるような勢いで、加速する。

 学校の敷地はあっという間に見えてきた。そこでは確かに、激しい抵抗を繰り広げている学生の姿がある。

 さすがに魔術師の学園というべきか。被害はまだ広がっておらず、生徒や教師が必死に動き回っている。

 もっとも。

 敵に対して、異常かつ憂慮しなければならない点が一つある。


「な、なんだ、あの巨人の数は……!?」


 多い。

 虎勇より一回り小さいが、巨人と称して構わない種類の人間が十人近くいる。いずれも黒衣を纏って、学園側と激闘を繰り広げていた。


『……量産された始祖魔術、でしょうかね。まさかもう出してくるとは』


「ゆ、悠長に語ってる場合か! 急げ!」


『当然――』


 影が降る。

 何、驚くまでもない、単純な出来事だ。

 竜が、降ってきた。


『あぶな……っ』


 俺よりも明らかに大きい竜は、避ける動きについてこれずそのまま足元の路上へ。重さを伴った衝撃は、容赦なくコンクリートを砕いていた。

 無視して進むことも考えたが、後で邪魔をされても困る。


『先輩、紫音達のこと頼みます!』


「わ、私がか!? 君の方が適任では――」


『俺の方がコイツ早く倒せますから! あとでアイスも奢りますし、お願いしますよ!』


「も、物で釣るな! ――報酬を貰わない前提でならやってやる!」


『じゃあお願いしますね!』


 内心で握りこ拳を作りながら、恋花を下ろす。

 彼女は魔力の刃を形成すると、脇目も振らずに走りだした。その後ろ姿はいつも通りで、根のある安心感を与えてくれる。


『……しっかし、物で釣ると逆に怒るんだもんな。昔のままで扱いやすい』


 本人が聞けば鉄拳制裁ものである。

 俺は息を整え、改めて客人と向き合った。

 倍以上もある巨体は、竜というよりも巨大なワニを連想させる。二足歩行の人型ではないところも、量産物という劣化品を印象付けていた。


『安い仕事だ……!』


 敵の叫びを区切りに、戦いが始まった。

 しかし、戦闘と称する程であったかどうか。量産竜の攻撃を避け、そのままカウンターを叩き込む。

 竜砲を使うまでもない、一瞬の出来事だった。


『――?』


 拍子抜けとはこのことか。

 これじゃあ量産型と呼ぶより、粗悪品と呼んだ方がいいんじゃないか? まさかここまで手応えがないとは思わなかった。暴走を防ぐための仕組みだって、必要ないんじゃないか?


「せんぱーい!」


 噂をすれば何とやらで、紫音とユーステスがやってくる。

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