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「今のユーステスさんは、どういう立場なんですか?」


「虎勇様との契約は先ほど切りましたので、統括局の一局員になりますね。……ですが、少々おかしな部分もありまして」


「どの辺りが?」


「局の上層部から、貴方がたに協力するよう申し付かっているのです」


 妙と言えば、妙な告白だった。


「……それは、俺と虎勇さんが戦うことになろうとも、マキアスからの要求を断ることになろうとも、ですか?」


「虎勇様に手を出すな、と脅してきたことですね。……恐らく、それらの事態を許容するものではありましょう。好きにさせるように、との指示でしたから」


 ますます分からない。統括局は何を考えている?

 最低でもマキアスとの間に齟齬があるのは間違いあるまい。彼は単に、利用されているだけの存在ということか? 

 哀れというか馬鹿というか。まあ、どちらにしたって笑ってやるけど。


「では改めて、私は失礼します。何か御用でしたら、後で私の方にご連絡ください」


「えっと、メールアドレスとかは……」


「既に登録してありますので、ご心配なく」


「え」


 まさかと思って携帯を開けば、電話帳に一つ新しい名前が。何やりやがったあの野郎。

 しかしユーステスは悪びれた様子もなく、一礼してから退出する。さすがに鍵は閉めてくれなかったが。


「……まったく、色々と動きそうだな」


「そう、だね」


 紫音の声はどこか浮かない。

 朝、彼女から聞いた言葉が脳裏を過る。――でも俺には、そこまで大きな愛情表現なんて出来ない。

 なのでひとまず、隣へ座ることにした。


「……」


「せ、先輩?」


 不安げそうに見上げてくる、幼馴染の思い人。

 昔を思い出しながら、俺は彼女の頭に手を乗せた。


「ん、どうしたの先輩? 子供扱いしちゃって」


「別にー。何でもない」


「何でもなかったら、こんな昔みたいなことしないよねえ? ……アタシも子供じゃないんだし、もっとランクアップした慰めが欲しいな」


「た、例えば?」


「熱い抱擁」


「ごめんなさい」


 将来のツケにでもしてくれればいいんだが。

 紫音は半分が不満のありそうな顔で、残りの半分はやっぱり嬉しそうだ。思い付きではあったが、多少の効果があったらしい。

 もうちょっと、大胆になれればいいんだけど。

 そんなことを思いながら綺麗な黒髪を撫で続ける。



―――――――――



 紫音を守ることと、恋花を救うこと。

 両方とも達成するのなら、相応のリスクは背負わなければならない。それは時間だったり安全だったり、天秤で測る代償であるべきだ。

 故に、釣り合いを取るのは大切だと思う。


『よろしいのですか? 私で』


「マキアスなんぞに比べれば、よっぽど信頼してますよ」


『しかし……』


 受話口の向こうにいるユーステスは、さっきからずっとこの調子。

 まあ反対したところで今更ではある。時刻は深夜。俺は寮を離れて、単独行動の真っ最中なのだから。


「紫音のやつはちゃんと寝てますか?」


『ええ、今のところは。ただ、寝言で誠人様の名前を連呼しておられます。どうも幸せな夢を見ているようで』


「……そりゃ良かった」


 明日の朝にでも、本人の口から聞くことになるんだろう。

 その時に向けて覚悟を固めながら、俺は懐かしい道を通っていく。地陣家の屋敷へ通じる、広大な敷地の一角を。


 もちろん正面から突撃するような真似はしていない。周囲に建てられた住宅の間を、縫うように歩いていく。

 時折見かけるのは、地陣家に仕えていると思わしき魔術師だ。

 術式甲冑を着た正式な出で立ちで、暗闇の中を注意深く見回している。


「正面突破したいところッスけど、バレたら面倒そうですね……」


『虎勇様も警戒しているでしょうからね。加えて地陣家の関係者は、量産化された始祖魔術の影響を受けている可能性もあります。多勢に無勢の状態は避けるべきかと』


「……ユーステスさんって、本当につさっきにまで向こうにいたんですね」


『一度交わした契約は、最後まで履行する性格ですから。まあ先ほど言った通り、それも今日限りです。持っている情報はすべて話しましょう』


「量産化始祖魔術の話、もうちょっと早めに知りたかったんですけど」


『はは、これは手厳しい』


 そう話している間にも、警戒は怠らない。

 角から向こうを覗きこめば、警備に当たっている魔術師が三名いる。その場から動く様子はなく、かといって避けて通るのは難しい。屋敷があるのは彼らの向こうだ。

 無論、想定済みの態勢ではある。

 俺は道を外れて、近くの空き家へと侵入した。塀に囲まれた庭の中を、ぬき足さし足で動いていく。


「確かこの辺に……」


 あったあった。

 草むらの中に隠れていたのは、地下通路へと通じる扉。子供のころ、存在だけは恋花から聞いていた場所である。秘密の脱出路、というやつだ。

 一軒家の周囲には誰もいない。当主の家系以外、知らされてはいないんだろう。


 それでも物音は出さないようにしつつ、俺は階段を下りていく。

 中には、夜の風と似て冷たい空気が広がっていた。照明は低い天井にある蛍光灯だけ。奥まで真っ直ぐ続いており、屋敷の位置とも合致する。


「もしもし、ユーステスさん? 予定通り、地下通路に入れましたよ」


『ご苦労様です。……しかし、私も聞いたことがありませんでしたよ、その存在は』


「本当に最悪の場合、を想定して作ったんでしょうね。俺も恋花先輩からしか聞いてませんし」


『……お嬢様の危機意識が少し心配です』


「ま、まあ、当時は子供でしたから」


 本当に遊び半分で、ここを紹介された気がする。

 今になってみると重大なミスでしかない。が、過去の過ちを責めるのも的外れだ。当時は悪意の欠片もなくて、心の底から楽しんでいたのだから。

 ……今も、それが続いていれば良かったのに。

 過去に想いを馳せながら、一人分の足音を響かせていく。余計な感傷は頭の片隅に。考えるべきことを先に考えろ。


「――やはり来たか」


 ゴールの階段がある、その手前。

 地陣恋花は単身、俺の前にやってきた。


「あれ? 虎勇さんは?」


「父を連れてくるわけがないだろう。君がここを使用しているのは、私が教えたからだ。自分の責任は自分で取るさ」


「なるほど」


「……」


 最低限の応答。恋花も決意は固いようで、眼差しを直ぐに切り替える。

 通路はさして広い作りをしていない。ここまでの狭さだと、竜化そのものに支障をきたしそうだ。

 戦うのであれば小細工なし、人の器で正面衝突することになる。かなりどころか、相当厳しい一戦になりそうだ。

 もっとも、俺の目的は恋花を連れ出すこと。

 彼女には申し訳ないが、俺の胸中に戦意はない。


「先輩、こっちに来てください。虎勇さんが正気じゃないって、一番分かってるのは貴女でしょう?」


「ああ。父が別の誰かになってしまったのは、君が来るまでに痛感したよ。……でも、だからって見捨てていいのか? 兄を殺した君に問うべきではないかもしれないが」


「耳が痛いッスね。……俺だって、それで引く気はありませんけど」


「何故だ? 私をここから引き出して、君に何の得がある? 君には私より、守りたい女性がいる筈だ」


「確かにそうッスね。――でも結局、俺が守りたいのは俺自身の考えと趣向です。それにかなう範囲で、先輩を助けに来たわけですね」


「冗談は聞いていないぞ?」


 俺はかぶりを振る。喉を振るわせたのは、本音以外の何でもないから。

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