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「要求は一つです」
寮の食堂にて、俺とマキアスは向かい合っている。
一対一であれば良かったのだが、多勢に無勢の状態だ。俺が一人、マキアスは統括局の魔術師を連れている。
「しばらく、地陣虎勇に手を出さないように」
「……理由は? 確かに俺の方から挑もうとは思ってねえから、別に構わないけどよ」
「答える必要があると?」
「常識だ」
おもに俺の。
マキアスは腕を組んで、短い思案に耽っている。……いつ見ても無感情な、機械的な顔付きだ。
アンドロイドというのは本来、こういう存在なんだろう。紫音が感情豊かで忘れそうになるが。
「――やはり答える理由はありません。では、これで」
「今すぐその頭吹き飛ばしていいか?」
「乱暴ですね。僕は貴方のような人間が我慢ならない」
「ああ、俺もお前は気に食わねえよ。……で、答えるのか答えないのか? 紫音を盾にするってんなら、取り戻してからぶちのめすぞ?」
「……」
肩を落としながら、マキアスは嘆息する。
かくして彼は席に戻った。周囲の魔術師達は警戒を強めているが、原因が俺だろうと知ったこっちゃない。
「その前に一つ。貴方は和を守ろうとする意思があるのですか?」
「ない」
断言だった。
でも当たり前のことだろう。俺は単に、自分を犠牲にしてまで他人に尽くす気がないだけだ。人間としては、別に珍しくもない理論だと思う。
紫音を守る。俺の願望はそれだけだ。
後ついでに、ずっと一緒にいられればいい。魔術都市はそのための良い環境だから、間接的に守る、ぐらいはしても構わないだけで。
「――悪魔め」
「統括局の犬に言われるなんて、光栄だな。そのまま一生嫌っててくれ」
「言われずとも。……貴方のような、突出した力を持つ者は争いの元だ。地陣虎勇、地陣恋花ともども、いつか必ず殺します」
「争いの元? 面白いこと言うな」
「?」
自爆していることに気付かないのか、マキアスは眉間に皺を寄せている。
単純な話だっていうのに。賢そうな顔立ちは、根元まで作り物のようだ。
「今回の場合、突っかかって来たのはお前らだろ。虎勇さんにだって色々仕込んだんじゃないのか?」
「無論です。彼は力ある者だ。始祖魔術を量産するためには邪魔な存在でしたし、細工の一つや二つはします。――すべての平等を、実現するために」
「……」
やはり、虎勇はまともな状態ではなさそうだ。
ますます統括局に原因があるとしか思えない。しかも平等などと。もし虎勇本人がこの場にいれば、激怒したのは間違いないだろう。
俺だって、既に笑いがこみ上げている。
「何か?」
「いや、第三次世界大戦と同じ轍を踏みたいんだな、ってさ。原因ぐらいは知ってるだろ?」
「当然です。魔科学が広まり、あらゆる人々が武力を得たからだと」
「じゃあどうして、始祖魔術の量産なんて企むんだ? それ、あらゆる人々が武力を得るのと同じだろ?」
「っ、貴方のような人間がいるからだ!」
力の限りテーブルを叩き、マキアスは立ち上がる。
彼が出している精一杯の激情を、俺は笑って過ごすことしかしない。
「自分が力を持てば少しも危険じゃなくなる、って言いたそうだな。一体だれが決めたんだよ?」
「社会です。われわれ統括局は、魔術都市の支配を委ねられている存在。故に僕らが力を持てば、すなわち正義と平和を生むのです」
「おいおい、馬鹿すぎやしないか?」
「っ――」
続く挑発に、彼の表情は大きく歪んだ。
ここに来て明確に、感情的な反応を見れた気がする。まあどうだっていいんだが。
「外を頼りにした判断基準に何の意味がある? そんなもん、連中の奴隷になることを宣言するのと変わらんだろ。ましてや自覚も無いようじゃな」
「……貴方にも、紫音という少女がいるでしょう。彼女を守ることは、彼女を頼りにした判断基準では?」
「いや、そうでもないぞ」
分かり切っている問い。さっき、自覚したばかりの我儘。
でも口にするとなれば、より堅い決意として定着してくれるだろう。
「俺はアイツを幸せにするって決めてるんでね。そこにアイツの意思は関係ない。俺が手に入れる、ってだけだ」
「……悪魔という評価は訂正します。貴方は最悪だ」
おお、なんと素晴らしいことか。
マキアスはそのまま、食堂の外に去っていく。話は中途半端な気がするが、彼にすれば終わったも同然だろう。こっちに釘は差せたんだし。
金魚のフンさながら、護衛の魔術師達もマキアスを追う。
多数の気配が敷き詰めていた場所は、直ぐに俺一人のものとなった。夕食の準備をしている寮母さんが、こっそり顔を出しているぐらい。
「……?」
何か、物凄い、
「せんぱあああぁぁぁあああい!!」
「ぐほぉっ!?」
歓喜を纏った女が、俺の懐に突っ込んできた。
マキアスによって部屋に戻されていた生徒達が、何事かと次々に駆けつけてくる。真相を見るなり、いつものバカップルか、と呆れた声を出していたが。
「先輩、さいっこうだね! まさかあんなこと言ってくれるなんて!」
「な、何のことだよ?」
「とぼけても無駄だよー。アタシ、念話の応用でこっそり会話聞いてから! 友達にも勢い余って教えちゃった!」
「うおあああぁぁぁ!?」
罰ゲームにも程があるぞ。
それでも紫音は大喜びで、胸に頭を擦り付けてくる。――喜んでくれるのは大変ありがたいんですが、いい加減離れて頂きたい。
「はあ、まさか手に入れる、なんて言われちゃうとはねー。アイツの意思は関係なく幸せにする、とか、聞いた時はもうドキドキだったよ!」
「い、言うな! それ以上は言うな!」
「なんでー? あの告白を聞いて喜べるの、アタシが先輩にべた惚れしてる証拠だよ? 嬉しいっしょ?」
「……」
そう出されると、反論できなくなる。
それを聞いた周囲の反応は様々だ。またやってるよ、とか、死ね孫に囲まれて老衰で死ね、とか。大抵は呆れている声が目立っている。
「アタシ、喜んで先輩の所有物になるね! 先輩だったら安心だし!」
「……そこは普通、女を物扱いするとか最低、って言うべきだと思うんだが」
「いやいや、それはおかしいでしょ。だって先輩は偉くて、凄い人なんだよ? そういう人に所有されるんだったら、アタシ個人は大歓迎だけど?」
「……随分と買われてるんだな」
悪い気分はしないけど。
食堂には人が集まってくる一方だった。当然、今の俺と紫音への注視も増えてくる。さっさと逃げるに越したことはなさそうだ。
子犬みたいに甘えてくる彼女を押し退けて、俺は早足で廊下に出る。
……なんだか、生温かい拍手が聞こえていた。




