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「お待ちください父上!」


 一方で、娘の方は違ったらしい。

 彼女は神槍に包囲されたまま、必死の形相で訴える。


「始祖魔術の力を持つ者が本気で激突すれば、この都市はどうなるのですか!? 多くの者が死に絶え、私達は世界から孤立する! なのに――」


「くどい、とワシは言ったぞ? どう意見を並べたところで、雑音にしか聞こえぬわ」


「っ……」


「さて誠人、今度こそ帰るがよい。――ユーステス!」


「はっ」


 今まで待機していたのか、ユーステスは虎勇の後ろから直ぐに出てきた。

 ……やはり共犯者だったらしい。誘われている、と感じたのは嘘じゃなかった。


「最後の仕事じゃ、誠人と紫音を送ってやれ。ワシは娘と共に家へ戻る」


「かしこまりました」


 気になる単語の後、ユーステスは俺達に一礼した。

 虎勇の方も重そうな腰を上げ、恋花の元に一歩ずつ近づいていく。彼女はどうにか逃げようとしているが、突き刺さった神槍はビクともしない。

 どうすればいいんだ――悔恨の念が、その面貌に影を差す。


「ダメだよ、恋花さん!」


「っ!?」


「やりたいことがあるなら、最後までやらなきゃ! 嫌なら嫌って、最後まで言わなきゃ!」


「だ、だが……」


「言い訳しない!」


 意思が挫けていた恋花を、紫音は立て続けに非難する。


「恋花さんはお父さんの人形になりたいの!? 違うでしょ!? 自分の考えに誇りがあって、お父さんに認めてもらいたいんじゃないの!?」


「――」


「ふむ」


 まくし立てる紫音を、虎勇が一瞥する。

 それだけで彼女は俺の後ろに隠れてしまった。情けないったらありゃしないが、まあ上出来だろう。


「……どうする誠人。ワシと戦い、恋花を奪うか?」


「その前に先輩の意見が聞きたいんスけど、いいッスか?」


「構わん。ただ、早めに済ませろよ?」


「どうも」


 猶予を与えた理由は分からない。

 ともあれ俺と紫音は、恋化と向き合うことになった。


「さあ先輩、ズバッと決めてください。俺の味方になるか敵になるか、どっちッスか」


「き、君は父上と戦う気か?」


「向こうはそのつもりみたいですからね。遅かれ早かれ、そうなるんじゃないッスか?」


「――」


 途端に、彼女の顔色が変わった。

 俺と虎勇が戦って、どんな結果が起こるかは想像に難くない。甚大な被害が出て、どちらかが死んでもおかしくないだろう。……始祖魔術の使い手が本気で戦うのは、そういうことだ。

 恋花の瞳には、葛藤と猜疑心が浮かんでいる。

 こちらの本気と、その態度が理解できないとばかりに。


「……怖くないのか君は。父上の実力については、昨日分かっただろう」


「そりゃあもう。でも、戦うのが避けられるようには思えません。……なんで、負けるなんてことは、そもそも考えちゃいませんよ」


「……馬鹿げてる」


「男なんてそんなもんッスよ。一度決めたら突っ走るのが特技なもんで」


 後ろでは、紫音が大きく頷いていた。

 とはいえ俺個人について言えば、理想は程遠い。負けることを考えていない、なんてのも半分は嘘だ。

 警戒するのはただ、紫音のこと。

 

 彼女との生活を邪魔されそうだから、その要因を排除する。

 他に理由は無い。もし負けた方が紫音と一緒にいられるなら、選んでしまう展開はあるかもしれない。

 ――自由という概念が、負けて得られるとは思えないが。


「なんだか、君が人間に見ないよ」


「褒め言葉として受け取っておきますよ。実際、中身は人じゃないッスからねえ」


「……それもそうか」


 乾いた笑いが反響する。

 俺は鉄面皮で、そんな恋花を眺めていた。


「――すまないが、私は父の敵にはなれない。説得して、考えを変えて欲しいって思ってる」


「じゃあ、ここでお別れですね」


「ああ」


 決着だった。

 紫音はまだ納得し切れていないようで、少し間を挟んでから踵を返す。……その後も何度か立ち止まってしまう辺り、相当な後悔があるらしい。


「待て」


 制止の声がかかった。

 虎勇だ。椅子から立ち上がった彼は、ゆったりとした足取りで近付いてくる。


「その小娘を――おいて、イケ」


「……虎勇さん?」


「ワシのケイカクには、必要――ギ」


 身体を折る。

 言葉から生気が消えた巨人の主は、小刻みに震え始めていた。


「あ、ああ、ガアアアァァァアアア!!」


「っ!」


 切り替わる空間。突如として形成される、巨大な器。

 もはや考えるまでもない。虎勇が、その牙を剥き出しにしたのだ。

 黒衣を纏った巨躯は一瞬にして部屋の天井に達している。手には黄金の槍。満足な光がさしていないここでは、まさに太陽と例えられる。

 鬼のような隻眼だけが、俺達を睥睨へいげいしていた。

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