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「とにかく、なるべく相談には乗ってあげなよ? あっちから持ち掛けたりはしないから、先輩が引きずり出す形でね」
「な、難易度高くないか?」
「そりゃあ女の子だもん、当り前でしょ」
大きな胸を誇らしげに反らす紫音。思わず目が行ってしまうが、気付かれると厄介なので理性を総動員する。
しかし、自信が無いと来たか。
もし事実だとすれば、接し方には悩みしかない。俺がイメージしている地陣恋花とは、常に迷いのない凛とした人物だからだ。
もちろん、それが偏見に過ぎないことは前提にすべきだろう。
でも具体的に、どうやって助ければいいのか。
俺に出来ることと言えば、相手の気持ちを尊重するぐらいなものだ。が、受けに入られたら、途端に成立しなくなる。与えることでの対人関係は、あまり経験していないのだ。
「先輩は強い生き物だからねー。他人に気を使うのは無理かな?」
「いや、立派な人間だったら、気の使い方は知ってるべきじゃねえの?」
「ノンノン。出来る人っていうのは、孤独だよ。少なくとも理解者の数ではね。だって――」
「だって?」
「先輩、友達少ないでしょ?」
色々と会心の一撃だった。
「ま、待て待て待て! 仲の良いやつは何人かいるぞ! そりゃ数は少ないけど!」
「じゃあ当たりだね。……でも実際さ、アタシ先輩が男友達と一緒にいるところ、あんまり見たことないんだけど? アタシと一緒にいる時間の方が多くない?」
「そりゃあ紫音の方が来るからな!」
贅沢な悩み、ではあるんだろうか。
まあ本音としても、彼女と一緒にいる時間はリラックスできる。――無論、朝のような場合を除いて。
理解者が少ない、と彼女は指摘した。
否定はすまい。いくら友人だって、最低限の遠慮は存在する。それは人付き合いとして当然のマナーで、孤独かどうかを左右するものではない筈だ。
紫音に言わせれば、きっと違うんだろうけれど。
「くそ、今度俺の友人を紹介してやるからな」
「へえー。それはつまり、アタシを紹介してくれるってことでもあるよね? 恋人だ、って紹介してね?」
「は、ハードル高くねえか!?」
でもいつかは胸を張って――いや、これ以上は止めておこう。
俺は落ち着いて食事に戻る。
一人黙々と食べていた恋花は、もう席を立とうとしていた。
―――――――――
お昼を跨いでしまえば、放課後はあっという間にやってくる。
俺は恋花との約束通り、ジャージに着替えて校門へとやってきていた。辺りには自宅通いの生徒達。部活に入っていない少数派が多く、人数自体はそれほどでもない。
「……で、結局お前も来るのか」
「当り前でしょー。そりゃあ危険かもしれないけど、サキュバスの能力が役立つことはあるかもしれないよ?」
「例えば?」
「魔力の流れを読んだり、とか? 普通の魔術師よりは優れてるらしいから、先輩の目にはなれると思う」
「地下空間の時もやったのか?」
「あー、ちょっとだけね。使い方がよく分かんなかったから、昨日夜遅くまで練習しててさあ」
努力の証なのか、紫音は大きく欠伸をする。
こっちは驚くしかなかった。毎回毎回、夜這いだの添い寝だの口にしてる彼女が、まさかそんな大真面目なことをしていただなんて。
「って言っても、直ぐに止めたんだけどね。先輩と寝る方が重要だし!」
前言撤回、恋愛脳でした。
俺がすっかり呆れていると、校門の外に車が近付いてくる。何の変哲もない、四人乗りの茶色い乗用車だ。
なるべく目立たないことを意識したんだろうが――運転席にいる男の容姿は、十分に人目を引いている。
「ユーステスさん……」
「こんにちは、誠人様に紫音様。本日はお嬢様の我儘に付き合って頂けるようで、本当に感謝しております」
「い、いいッスよ別に。っていうか、ユーステスさんだって大変だったんじゃないんスか?」
「まあ情報は私が持ち込んだようなものですからね。ともあれ、お車の中へどうぞ。お嬢様も直ぐにいらっしゃるでしょう」
二つ返事で頷いて、紫音と一緒に乗用車へと乗り込む。俺が助手席、紫音は後部座席に座った。
中の空気は、冷たくてシンとしている。
俺達は特に会話もせず、主役の登場を待ち続けた。下校する生徒たちは決まってユーステスの噂をしているが、本人は右から左へ受け流している。
「――誠人様、一つお願いが」
「はい?」
運転席に座る彼は、喋りながらも正面を向いたまま。
整った姿勢がどこか、暗い決意を匂わせる。
「貴方に、お嬢様を支えていただきたいのです」
「友人でいてくれ、ってことッスか?」
「はい。隣に立って欲しい、とまで申し上げるつもりはありません。……本当に、ただの友人であることをお願いしたいのです。お嬢様は、誠人様のことを信頼していますから」
言いつつ、ユーステスは校舎の方を一瞥する。
まだ恋花の姿は見つからない。三年生自体の姿がなく、授業が遅れているんだろう。
「いかがでしょう、誠人様。これからも末長く、お嬢様の友人でいてくださいますか?」
「それは勿論。昔から知ってる人ッスから」
「……ええ、そうですね。ですが誠人様、一つ覚えておいてください。お嬢様は決して、弱さを見せようとなさらないのです」
「――」
それは紫音が見抜いた、自信の無さと同じなのか。、
俺が疑問を隠せないでいると、ようやく恋花が到着する。彼女は一度頭を下げて、急いで車のドアを開けた。
「ま、待たせてしまって申し訳ない! ……? どうした誠人。私の顔に何かついてるか?」
「い、いえ別に。少しぼーっとしてただけッス」
「ならいいが……ユーステス、出してくれ」
「かしこまりました」
車はゆっくりと、学園の前から離れていく。
魔術都市という名前であっても、道路には多数の車が走っている。都心部に近いこともあって、小さな渋滞を見ることも少なくない。
機殻箒のように空を飛べればいいんだろうが、アレは高価な以上に目立つ。これから向かう場所にとって、適した選択ではないだろう。
「発見した研究施設は森の奥にあってな。悪いが、途中から徒歩になるぞ」
「……あの、恋花さん。距離って結構あります?」
「それなりにはあるな。2、30分は歩くことになるだろう」
「うげ……」
仕方ない。途中でへばった場合は、俺が背負うとするか。
肩を落とす紫音の横では、恋花が一枚の紙を取り出している。何か図形を記した、手書きの資料だ。
「統括局に一人、家の者を忍び込ませてな。施設の図面を暗記、こちらに書いてもらった」
「あ、暗記って……コピーとかすりゃあいいじゃないッスか」
「それだと資料を持ち出す必要がある、リスクが大きい。……加えて、ユーステスへの負担も膨らむだろうしな」
心配を口にしつつ、恋花の眼差しには嫌悪の情があった。よく見ると呆れている感じもあって、やはり彼が無茶をしたのだと推測させる。
ともかくだ、と挟んで、俺の手に紙が渡された。
「怪しい場所はマークしてある。中央の大きな部屋だ」
「ここで、始祖魔術に関する実験が?」
「特定し切れたわけではないが、確率は高い。少なくとも、統括局が怪しげな研究を行っていたことは断言できる」
「……」
期待が膨らみ、不安も膨らむ。
そもそも資料の存在が謎だ。本気で隠そうとするなら、これの元だって残しはしないだろうに。見つからない、とたかを括っていたとか?
分からない。
俺の統括局に対するイメージは、抜け目のない冷酷非道な連中ということだ。些細なミスだろうと、放置しておくような油断は持ち合せていまい。
誘われている。
根拠のない直感ではあるが、そんな警戒が徐々に強くなっていった。




