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「――では今度こそお話を。エリア・デウカリオンについてですが、第三次世界大戦時の施設で間違いないそうです」
「やっぱッスか……どうして統括局は、隠そうとしてるんです?」
「私にも分かりません。我が主も、そこだけは掴み損ねたようで。……ただ、何かしらの実験が行われていたのは間違いない、と」
「実験? 機竜の、ッスか?」
「ええ。ですが、それだけではありません。始祖魔術の兵器化について、当時の方々は実験を繰り返していたそうです」
「……人体実験ですか」
誤魔化すこともせず、ユーステスは直ぐに肯んじる。
まあ驚く必要はあるまい。もともと、統括局は高位の魔術師を貴重なサンプルと称して拘束している。人体実験を行っていても、不思議だとは思わない。
直前に見た光景のお陰で、実験の程度を疑いたくなるが。
「……ユーステス、一つ聞きたい」
「なんでしょうか? お嬢様」
「父上は、その人体実験に関わっているのか?」
負の感情を押し殺しながら、恋花は疑問を口にする。
ここでもユーステスは迷わなかった。間髪入れず、確かな頷きを見せてくる。
「我が主は統括局に拘束され、様々な実験を受けていました。お嬢様が先ほど見たものは、実験の影響による暴走状態でしょう」
「――なぜ私に黙っていた!? 行方不明などと、嘘を――」
「そう伝えるよう、我が主からの命でしたので」
「なんだと……!?」
更なる疑問を投げつけられ、恋花の感情は収まらない。
ユーステスに噛みつく彼女を見ながら、俺の脳裏には虎勇の姿が過っていた。父の友人であり、娘のことをいつも嬉しそうに語っていた男のことを。
「父上はなぜ統括局に拘束された!? あの人が一体なにをしたというんだ!?」
「お話することは出来ません」
「貴様、それでも地陣家の――」
「ストップっすよ、先輩。ユーステスさんだって、虎勇さんとの約束は破りたくないでしょうし」
「……」
ユーステスの胸倉を掴んだ恋花だが、ひとまず冷静になってくれた。
とはいえ眼光の鋭さは変わっていない。生まれつきの部分も手伝って、並みの大人だろうと怯ませてしまいそうな強さだ。
もっとも、ユーステスは慣れているご様子。どこ吹く風とばかりに、彼女の視線を受けとめている。
「ユーステスさんは、他にデウカリオンについて知ってることあります? 話せる範囲でいいんスけど」
「申し訳ありませんが、これ以上は特に。……ただ、一つ新情報があります。数分前に入手したばかりのホヤホヤでして」
「どんな情報ッスか?」
「エリア・デウカリオンへの侵入について、統括局は罰を与えるつもりがないそうです」
意外でしかない情報だった。
紫音も恋花も、揃って面喰っている。ではどうして、俺達はここに呼び出されたんだ? ユーステスの個人的な話ではなさそうだが。
しばらく続いた静寂の中、仕掛け人は短い前置きを作る。
「ここへ来ていただいた理由は一つです。我が主からの依頼でもあります」
「……俺に、ですか? それとも恋花先輩に?」
「お二人にです。まあ我が主は、可能な限りお嬢様一人で成してほしいとのことでしたが」
「――」
一人除け者にされた紫音は、分かりやすくムッとしている。仕方ないから、帰りにアイスクリームでも買って餌付けするか。
ユーステスは改めて俺と恋花を見る。
青い瞳は一転、心の底を見透かすような鋭さを帯びていた。あまり心地よいものではないが、彼のような人間には必要な素質なんだろう。
「我が主を殺していただきたいのです」
「な――」
「お嬢様、再三申しますが、これは虎勇様のご意思です。地陣家の一人娘として、父を乗り越えて欲しいと」
戦闘を生業とする一族らしい、次代への試練。
しかし恋花は絶句したままだった。地陣家では珍しくもない筈だが、本人は自分に降りかかると思っていなかったんだろう。
答えが得られないと見て、ユーステスは俺の方に振り向く。
「誠人様は如何でしょうか? 地陣家当主の望み、引き受けていただけますか?」
「……今すぐ答えることは出来ません。主役は恋花先輩なんでしょうし」
「畏まりました。――ですが覚えておいてください。虎勇様の願いには、誠竜様も関わっていることを」
「と、父さんがですか?」
「ええ。……と言いますか、本来は誠竜様に頼む予定だったのです。地陣虎熊、最後の瞬間を」
「? な、何でですか?」
「自然な話ですよ。なにせ――」
言い掛けたところで、広間の扉がゆっくりと開く。
現れたのは、ユーステスと同じスーツ姿の少年。統括局の職員なんだろうが、年齢は明らかに若い。俺たち三人の中で、一番下になるんじゃないかという童顔だ。
知り合いなのか、ユーステスは入ってきたことを咎めもしない。
むしろ歓迎するような面持ちで、彼を隣に立たせている。
「紹介しましょう。機甲都市のアンドロイド、マキアス君です」
「き、機甲都市!?」
「はい。これから数日間、お嬢様がたの監視役となる少年です。――さあマキアス君、挨拶を」
「はっ」
堅過ぎるレベルの礼をして、紫音と同じ作りの少年が目を合わせてくる。
……アンドロイドなだけあって、同僚のユーステスとは違った雰囲気の瞳だった。日本人をモチーフにしているのか、色は黒。心を見透かされるような底の深さもない。
逆に浅いぐらいだ。浅すぎる、と評価してもいい。
機械的な思考を、証明するかのように。
「自分はR106、モデル・マキアスと呼ばれています。以後、お見知り置きを」
「……おいユーステス、罰は無いんじゃなかったのか?」
監視なんて御免だぞ、と視線に込めて、恋花は機械の少年に蔑視を送る。
応じるのはもちろん、人間の方だった。
「申し訳ありません。上層部がこれだけは、と譲らず……監視と言っても遠目に見守るだけです。お嬢様たちの日常に干渉することは決して」
「信用できんぞ」
「信用はせずとも結構です。気に食わないのでしたら、破壊してくださっても」
「――は?」
さらりと告げられた破壊許可で、俺達は首を傾げるしかなかった。
ユーステスは少しも訂正せず、お辞儀をしてから広間の外へと出る。監視役を命じられたマキアスは、当然ながら彼を追わなかった。
「……で? 俺達はもう、外に出ていいのか?」
「はい。統括局の上層部から許可は得ています。ご自由に」
だったら好きにさせてもらおう。
俺はマキアスを置いて、足早に出口へと向かい始めた。正直、統括局に長居はしたくない。ここに閉じ込められている母と面会しに来たわけでもないのだ。
駆け足で追ってくる気配は二人分。
日常に干渉しないという条件の通り――マキアスは、棒立ちしたまま監視対象を見送っている。




