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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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「――では今度こそお話を。エリア・デウカリオンについてですが、第三次世界大戦時の施設で間違いないそうです」


「やっぱッスか……どうして統括局は、隠そうとしてるんです?」


「私にも分かりません。我が主も、そこだけは掴み損ねたようで。……ただ、何かしらの実験が行われていたのは間違いない、と」


「実験? 機竜の、ッスか?」


「ええ。ですが、それだけではありません。始祖魔術の兵器化について、当時の方々は実験を繰り返していたそうです」


「……人体実験ですか」


 誤魔化すこともせず、ユーステスは直ぐに肯んじる。

 まあ驚く必要はあるまい。もともと、統括局は高位の魔術師を貴重なサンプルと称して拘束している。人体実験を行っていても、不思議だとは思わない。

 直前に見た光景のお陰で、実験の程度を疑いたくなるが。


「……ユーステス、一つ聞きたい」


「なんでしょうか? お嬢様」


「父上は、その人体実験に関わっているのか?」

 負の感情を押し殺しながら、恋花は疑問を口にする。

 ここでもユーステスは迷わなかった。間髪入れず、確かな頷きを見せてくる。


「我が主は統括局に拘束され、様々な実験を受けていました。お嬢様が先ほど見たものは、実験の影響による暴走状態でしょう」


「――なぜ私に黙っていた!? 行方不明などと、嘘を――」


「そう伝えるよう、我が主からの命でしたので」


「なんだと……!?」


 更なる疑問を投げつけられ、恋花の感情は収まらない。

 ユーステスに噛みつく彼女を見ながら、俺の脳裏には虎勇の姿が過っていた。父の友人であり、娘のことをいつも嬉しそうに語っていた男のことを。


「父上はなぜ統括局に拘束された!? あの人が一体なにをしたというんだ!?」


「お話することは出来ません」


「貴様、それでも地陣家の――」


「ストップっすよ、先輩。ユーステスさんだって、虎勇さんとの約束は破りたくないでしょうし」


「……」


 ユーステスの胸倉を掴んだ恋花だが、ひとまず冷静になってくれた。

 とはいえ眼光の鋭さは変わっていない。生まれつきの部分も手伝って、並みの大人だろうと怯ませてしまいそうな強さだ。

 もっとも、ユーステスは慣れているご様子。どこ吹く風とばかりに、彼女の視線を受けとめている。


「ユーステスさんは、他にデウカリオンについて知ってることあります? 話せる範囲でいいんスけど」


「申し訳ありませんが、これ以上は特に。……ただ、一つ新情報があります。数分前に入手したばかりのホヤホヤでして」


「どんな情報ッスか?」


「エリア・デウカリオンへの侵入について、統括局は罰を与えるつもりがないそうです」


 意外でしかない情報だった。

 紫音も恋花も、揃って面喰っている。ではどうして、俺達はここに呼び出されたんだ? ユーステスの個人的な話ではなさそうだが。

 しばらく続いた静寂の中、仕掛け人は短い前置きを作る。


「ここへ来ていただいた理由は一つです。我が主からの依頼でもあります」


「……俺に、ですか? それとも恋花先輩に?」


「お二人にです。まあ我が主は、可能な限りお嬢様一人で成してほしいとのことでしたが」


「――」


 一人除け者にされた紫音は、分かりやすくムッとしている。仕方ないから、帰りにアイスクリームでも買って餌付けするか。

 ユーステスは改めて俺と恋花を見る。

 青い瞳は一転、心の底を見透かすような鋭さを帯びていた。あまり心地よいものではないが、彼のような人間には必要な素質なんだろう。


「我が主を殺していただきたいのです」


「な――」


「お嬢様、再三申しますが、これは虎勇様のご意思です。地陣家の一人娘として、父を乗り越えて欲しいと」


 戦闘を生業とする一族らしい、次代への試練。

 しかし恋花は絶句したままだった。地陣家では珍しくもない筈だが、本人は自分に降りかかると思っていなかったんだろう。

 答えが得られないと見て、ユーステスは俺の方に振り向く。


「誠人様は如何でしょうか? 地陣家当主の望み、引き受けていただけますか?」


「……今すぐ答えることは出来ません。主役は恋花先輩なんでしょうし」


「畏まりました。――ですが覚えておいてください。虎勇様の願いには、誠竜様も関わっていることを」


「と、父さんがですか?」


「ええ。……と言いますか、本来は誠竜様に頼む予定だったのです。地陣虎熊、最後の瞬間を」


「? な、何でですか?」


「自然な話ですよ。なにせ――」


 言い掛けたところで、広間の扉がゆっくりと開く。

 現れたのは、ユーステスと同じスーツ姿の少年。統括局の職員なんだろうが、年齢は明らかに若い。俺たち三人の中で、一番下になるんじゃないかという童顔だ。

 知り合いなのか、ユーステスは入ってきたことを咎めもしない。

 むしろ歓迎するような面持ちで、彼を隣に立たせている。


「紹介しましょう。機甲都市のアンドロイド、マキアス君です」


「き、機甲都市!?」


「はい。これから数日間、お嬢様がたの監視役となる少年です。――さあマキアス君、挨拶を」


「はっ」


 堅過ぎるレベルの礼をして、紫音と同じ作りの少年が目を合わせてくる。

 ……アンドロイドなだけあって、同僚のユーステスとは違った雰囲気の瞳だった。日本人をモチーフにしているのか、色は黒。心を見透かされるような底の深さもない。

 逆に浅いぐらいだ。浅すぎる、と評価してもいい。

 機械的な思考を、証明するかのように。


「自分はR106、モデル・マキアスと呼ばれています。以後、お見知り置きを」


「……おいユーステス、罰は無いんじゃなかったのか?」


 監視なんて御免だぞ、と視線に込めて、恋花は機械の少年に蔑視を送る。

 応じるのはもちろん、人間の方だった。


「申し訳ありません。上層部がこれだけは、と譲らず……監視と言っても遠目に見守るだけです。お嬢様たちの日常に干渉することは決して」


「信用できんぞ」


「信用はせずとも結構です。気に食わないのでしたら、破壊してくださっても」


「――は?」


 さらりと告げられた破壊許可で、俺達は首を傾げるしかなかった。

 ユーステスは少しも訂正せず、お辞儀をしてから広間の外へと出る。監視役を命じられたマキアスは、当然ながら彼を追わなかった。


「……で? 俺達はもう、外に出ていいのか?」


「はい。統括局の上層部から許可は得ています。ご自由に」


 だったら好きにさせてもらおう。

 俺はマキアスを置いて、足早に出口へと向かい始めた。正直、統括局に長居はしたくない。ここに閉じ込められている母と面会しに来たわけでもないのだ。

 駆け足で追ってくる気配は二人分。

 日常に干渉しないという条件の通り――マキアスは、棒立ちしたまま監視対象を見送っている。

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