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統括局の局員は上官の指示に従い、俺達をぐるりと包囲する。……俺や恋花にとっては、紙同然の薄い包囲網でしかない。
「ちっ、こいつら――」
反撃に出ようとする恋花だが、姿勢が足元から崩れた。
『先輩!?』
「く……」
攻撃を受けたわけではない。恐らく、直前の曲芸じみた行為の反動だ。息も荒く、立ち上がろうとする余力さえない。
ノートの記述があるだけに、ここはどうにか逃げたいところだ。
「っ、舐められたものだな。この私が、これしきで屈すると――」
「おやめ下さい、お嬢様」
包囲網を割って出てきたのは、声色からも分かる優男だった。
天然の金髪と、青い瞳。どうやら外国人らしい。外の世界と遮られている魔術都市では、かなり珍しい存在だ。
お嬢様、という単語を使った辺り、地陣家の関係者だろう。知的な印象のある外見で、秘書という言葉がピッタリくる。
「ユーステス……何のつもりだ!?」
「見ての通りです。お嬢様方は、禁断の領域に踏み込んでしまった。……私は地陣家に仕える者ですが、同時に統括局の所属でもあります。見過ごすわけにはまいりません」
「貴様――!」
剣を杖に立とうとする恋花だが、やはり失敗する。
しかし彼女の意思は買うべきだろう。このまま捕まったって、プラスがあるとは思えない。ただでさえ俺と紫音は連中からマークされているのだから。
じりじりと、包囲網は小さくなる。
「……私達も舐められたものだな。始祖魔術に連なる者が二人もいるというのに」
「ええ、存じております。――だからこそ、手荒な真似は控えたい。もし同行していただけるのなら、このエリアと誠竜様の関係をお話することも出来ますが」
「なに……?」
三人が三人とも喰いついた。ノートに記されている以上のことを、このユーステスは知っているんだろうか?
一触触発の雰囲気が、少し和らぐ。
俺と紫音は迷い、恋花は思案している最中だった。……ユーステスの発言が嘘かどうかは、俺達が判断できることでもない。
「――分かった、お前を信じよう」
「感謝いたします、お嬢様」
抵抗する気配が消えたと見て、統括局の魔術師達は次々に近付いてくる。
それでも向こうの警戒は解けていないようで、特に俺へと疑いの目を向けてきた。こっちも本音は同じなんだが、情報の存在は意識せざるを得ない。
紫音を下ろして、俺は竜化を解除した。
「せ、先輩、大丈夫かな……?」
「いま信じるしかないだろ。ま、最悪の場合は無理やり突破するさ」
「――」
そんな、約束を濁らせるような宣言の後。恋花が立ち上がるのを待って、俺達は歩きだす。
虎勇がやってくる気配はない。付近にある神槍の数々も、いつの間にか姿を消している。
まったく、分からないことが沢山だ。恋花の父親が行方不明なのは知っていたが、まさか戦うことになるなんて。娘が話しかけても反応はいまいちだったし、普通の状態ではあるまい。
これからの苦労を思うと、つい嘆息が零れる。
「……?」
ふと、ユーステスに目があった。
彼は何故か、俺に向かって頭を下げる。部下達に気付かれないよう、こっそりと。
俺も咄嗟に返してみたが、気付いてくれたかどうかは分からなかった。
――――――――
俺達が連れてこられたのは、以前も訪れた囚人用の広間だった。
いつ見ても牢獄なんてイメージと繋がらない、清潔感に満ちた空間。以前の起こった戦闘の余波か、修理された部分が目立っている。
なお、現在の利用者は俺達だけだ。話す内容が内容なので、他の人々には退却をお願いしたらしい。
「さて、どこから話せばいいものか……」
三対一の構図を前にして、ユーステスは冷静そのものだった。
俺はこれといった緊張感もなく、彼の動きを待ち続ける。……立場上警戒を緩めるべきではないのだが、不思議とそんな気持ちにはならなかった。真面目そうな顔立ちをしているから、かもしれない。
オマケに服装は黒のスーツだ。礼儀正しい社会人の印象が、いっそう強くなる。
「いいから早く済ませろ。私達だって暇じゃないんだぞ」
「存じております。なんでも、神闘祭への出場を目指しているとか?」
「む……」
知られても構わない情報だろうに、恋花は表情を堅くする。
反対にユーステスは笑顔だった。……傍から見ると、反抗期の娘を見守る父親のような雰囲気である。
「――さて、いい加減本題に移りましょう。よろしいですか? 誠人様、紫音様」
「ええ」
では、とユーステスは一息挟む。
すると彼は、一冊のノートを取り出した。地下空間で発見した父・誠竜のものと同じデザイン。ただ、こちらは年月による劣化が目立っている。
「これは我が主、虎勇様が残したものです。エリア・デウカリオンについて、誠竜様と調査を繰り返していたことが記されています」
「み、見せてもらっていいですか!?」
二つ返事で頷くユーステスから、俺は急いでノートを受け取った。
一ページ目を捲ると、家族の日常について書かれている。基本的な内容は日記のよう。日付は15年も前のものだ。
「……」
微笑ましいというか、覗いてしまって申し訳ないというか。
ノートの大半が幸せな日々を綴っている。一体どこからが、デウカリオンの調査なんだろう? ユーステスからは何も聞いていないし、迂闊に読み飛ばせない。
「――おいユーステス、誠人が気まずそうな表情になってるぞ」
「ご安心ください、お嬢様。誠人様は今、お嬢様がどれだけ魅力的な人物か理解している筈です」
「な、何を言ってる!?」
「言葉以上の意味はありません。仲間になるのでしたら、相互理解は重要な要素ですから。虎勇様が記した、お嬢様の恥ずかしい思い出が――」
「止めろおおおぉぉぉおおお!」
よっぽどマズイ過去なのか、恋花はノートを奪ってしまった。
そして、ビリビリと破き始める。
「な、何してんスか先輩!」
「う、うるさいっ! くそ、まさか私の昔話を持ち出すとは――」
「まあコピーは大量にありますがね」
はっはっ、と笑いながら、ユーステスはスーツの中からノートを出した。躊躇わずに中を広げ、同じ内容であることもアピールする。
恋花はそちらに狙いを定めると、即座にひったくって破り捨てた。
しかしユーステスも只者ではない。破れた直後には新しいノートを取り出し、恋花に見せつけている。
お陰で、無限ループに突入していた。
「……恋花さん、昔はよっぽど変な人だったのかな?」
「いや、普通の女の子だった気がするんだが……て、ていうか何冊ノート隠してるんだ? もう十冊ぐらい破いてる気がするぞ」
「手品だね」
あ、また破けた。
ユーステスは相変わらず笑い、そのお嬢様は必至な顔。どちらが先にスタミナを切れさせるか、それが勝負どころらしい。
「し、しつこいぞユーステス! ノートに書いてある調査の内容ぐらい、お前は知ってるんだろう!?」
「しつこいのはお嬢様も同じですよ? ……まあ確かに、私は全容を把握しています。あ、お嬢様の醜態についてもですよ?」
「ぐおおおぉぉぉおおお! 殺す! 絶対後悔させてやる!」
頭を抱えて悶え苦しむ三年生。後輩の前だというのに、隠そうとする意図はなかった。
体力の方も切れたようで、彼女は椅子の方に腰を下ろす。まだノートの在庫があるらしいユーステスは、勝ち誇った笑顔を恋花に向けていた。




