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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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 統括局の局員は上官の指示に従い、俺達をぐるりと包囲する。……俺や恋花にとっては、紙同然の薄い包囲網でしかない。


「ちっ、こいつら――」


 反撃に出ようとする恋花だが、姿勢が足元から崩れた。


『先輩!?』


「く……」


 攻撃を受けたわけではない。恐らく、直前の曲芸じみた行為の反動だ。息も荒く、立ち上がろうとする余力さえない。

 ノートの記述があるだけに、ここはどうにか逃げたいところだ。


「っ、舐められたものだな。この私が、これしきで屈すると――」


「おやめ下さい、お嬢様」


 包囲網を割って出てきたのは、声色からも分かる優男だった。

 天然の金髪と、青い瞳。どうやら外国人らしい。外の世界と遮られている魔術都市では、かなり珍しい存在だ。

 お嬢様、という単語を使った辺り、地陣家の関係者だろう。知的な印象のある外見で、秘書という言葉がピッタリくる。


「ユーステス……何のつもりだ!?」


「見ての通りです。お嬢様方は、禁断の領域に踏み込んでしまった。……私は地陣家に仕える者ですが、同時に統括局の所属でもあります。見過ごすわけにはまいりません」


「貴様――!」


 剣を杖に立とうとする恋花だが、やはり失敗する。

 しかし彼女の意思は買うべきだろう。このまま捕まったって、プラスがあるとは思えない。ただでさえ俺と紫音は連中からマークされているのだから。

 じりじりと、包囲網は小さくなる。


「……私達も舐められたものだな。始祖魔術に連なる者が二人もいるというのに」


「ええ、存じております。――だからこそ、手荒な真似は控えたい。もし同行していただけるのなら、このエリアと誠竜様の関係をお話することも出来ますが」


「なに……?」


 三人が三人とも喰いついた。ノートに記されている以上のことを、このユーステスは知っているんだろうか?

 一触触発の雰囲気が、少し和らぐ。

 俺と紫音は迷い、恋花は思案している最中だった。……ユーステスの発言が嘘かどうかは、俺達が判断できることでもない。


「――分かった、お前を信じよう」


「感謝いたします、お嬢様」


 抵抗する気配が消えたと見て、統括局の魔術師達は次々に近付いてくる。

 それでも向こうの警戒は解けていないようで、特に俺へと疑いの目を向けてきた。こっちも本音は同じなんだが、情報の存在は意識せざるを得ない。

 紫音を下ろして、俺は竜化を解除した。


「せ、先輩、大丈夫かな……?」


「いま信じるしかないだろ。ま、最悪の場合は無理やり突破するさ」


「――」


 そんな、約束を濁らせるような宣言の後。恋花が立ち上がるのを待って、俺達は歩きだす。

 虎勇がやってくる気配はない。付近にある神槍の数々も、いつの間にか姿を消している。


 まったく、分からないことが沢山だ。恋花の父親が行方不明なのは知っていたが、まさか戦うことになるなんて。娘が話しかけても反応はいまいちだったし、普通の状態ではあるまい。

 これからの苦労を思うと、つい嘆息が零れる。


「……?」


 ふと、ユーステスに目があった。

 彼は何故か、俺に向かって頭を下げる。部下達に気付かれないよう、こっそりと。

 俺も咄嗟に返してみたが、気付いてくれたかどうかは分からなかった。



――――――――



 俺達が連れてこられたのは、以前も訪れた囚人用の広間だった。

 いつ見ても牢獄なんてイメージと繋がらない、清潔感に満ちた空間。以前の起こった戦闘の余波か、修理された部分が目立っている。

 なお、現在の利用者は俺達だけだ。話す内容が内容なので、他の人々には退却をお願いしたらしい。


「さて、どこから話せばいいものか……」


 三対一の構図を前にして、ユーステスは冷静そのものだった。

 俺はこれといった緊張感もなく、彼の動きを待ち続ける。……立場上警戒を緩めるべきではないのだが、不思議とそんな気持ちにはならなかった。真面目そうな顔立ちをしているから、かもしれない。

 オマケに服装は黒のスーツだ。礼儀正しい社会人の印象が、いっそう強くなる。


「いいから早く済ませろ。私達だって暇じゃないんだぞ」


「存じております。なんでも、神闘祭への出場を目指しているとか?」


「む……」


 知られても構わない情報だろうに、恋花は表情を堅くする。

 反対にユーステスは笑顔だった。……傍から見ると、反抗期の娘を見守る父親のような雰囲気である。


「――さて、いい加減本題に移りましょう。よろしいですか? 誠人様、紫音様」


「ええ」


 では、とユーステスは一息挟む。

 すると彼は、一冊のノートを取り出した。地下空間で発見した父・誠竜のものと同じデザイン。ただ、こちらは年月による劣化が目立っている。


「これは我が主、虎勇様が残したものです。エリア・デウカリオンについて、誠竜様と調査を繰り返していたことが記されています」


「み、見せてもらっていいですか!?」


 二つ返事で頷くユーステスから、俺は急いでノートを受け取った。

 一ページ目を捲ると、家族の日常について書かれている。基本的な内容は日記のよう。日付は15年も前のものだ。


「……」


 微笑ましいというか、覗いてしまって申し訳ないというか。

 ノートの大半が幸せな日々を綴っている。一体どこからが、デウカリオンの調査なんだろう? ユーステスからは何も聞いていないし、迂闊うかつに読み飛ばせない。


「――おいユーステス、誠人が気まずそうな表情になってるぞ」


「ご安心ください、お嬢様。誠人様は今、お嬢様がどれだけ魅力的な人物か理解している筈です」


「な、何を言ってる!?」


「言葉以上の意味はありません。仲間になるのでしたら、相互理解は重要な要素ですから。虎勇様が記した、お嬢様の恥ずかしい思い出が――」


「止めろおおおぉぉぉおおお!」


 よっぽどマズイ過去なのか、恋花はノートを奪ってしまった。

 そして、ビリビリと破き始める。


「な、何してんスか先輩!」


「う、うるさいっ! くそ、まさか私の昔話を持ち出すとは――」


「まあコピーは大量にありますがね」


 はっはっ、と笑いながら、ユーステスはスーツの中からノートを出した。躊躇わずに中を広げ、同じ内容であることもアピールする。

 恋花はそちらに狙いを定めると、即座にひったくって破り捨てた。

 しかしユーステスも只者ではない。破れた直後には新しいノートを取り出し、恋花に見せつけている。

 お陰で、無限ループに突入していた。


「……恋花さん、昔はよっぽど変な人だったのかな?」


「いや、普通の女の子だった気がするんだが……て、ていうか何冊ノート隠してるんだ? もう十冊ぐらい破いてる気がするぞ」


「手品だね」


 あ、また破けた。

 ユーステスは相変わらず笑い、そのお嬢様は必至な顔。どちらが先にスタミナを切れさせるか、それが勝負どころらしい。


「し、しつこいぞユーステス! ノートに書いてある調査の内容ぐらい、お前は知ってるんだろう!?」


「しつこいのはお嬢様も同じですよ? ……まあ確かに、私は全容を把握しています。あ、お嬢様の醜態についてもですよ?」


「ぐおおおぉぉぉおおお! 殺す! 絶対後悔させてやる!」


 頭を抱えて悶え苦しむ三年生。後輩の前だというのに、隠そうとする意図はなかった。

 体力の方も切れたようで、彼女は椅子の方に腰を下ろす。まだノートの在庫があるらしいユーステスは、勝ち誇った笑顔を恋花に向けていた。

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