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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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『な――』


 凄まじい速度で移動したとか、そういう次元の話じゃない。一切の脈絡もなく、巨人は忽然と消えてしまった。

 周囲を見回すが、魔力の流れに変化はない。空中にも、建物の影にも潜んでいない。


《先輩、下!》


『!?』


 念話に従えば、確かなものが見えてくる。

 真下。闇に染まっている筈の場所から、一直線に神槍が浮かんでくる……!


『ちっ!』


 完全な不意打ちだったが、かわすのは造作もない。その後に続いて出現する柱も、余裕をもって捌くことが可能だ。

 攻撃された地点に目を戻せば、やはり虎勇の姿はなかった。先ほどと同じ、原因不明の消失を果たしている。


《……さっきの槍、暗闇の中から飛び出してきたね》


『ああ。どこかに隠れてるんだとは思うが、サッパリだな』


《いやそうじゃなくて。本当に暗闇の中から、槍が出てきたんだよ》


『? どういう――』


 ことだ、と繋がる筈の台詞は、襲いかかる殺意に掻き消された。

 再び、三又の槍が攻撃してくる。

 回避した直後、俺は即座に敵の位置を探った。武器を投擲とうてきしたのでもなければ、隠れるより先に発見できる筈。

 だが見つからない。

 代わりにあるのは、空中に浮かんだままの槍だった。

 動かしているであろう虎勇の手は見えない。長い柄の大半すら隠して、巨人の得物は存在している。

 ――確かに紫音の言う通り、暗闇から出現したような。

 それを証拠付けるように、槍は闇の中へと戻っていく。魔力の反応が残ることもない。姿は完全に消失し、辺りに静寂だけを残していく。


《多分だけど、影とか……それに類似する場所を移動してるんじゃないかな?》


『ど、どういうことだ?』


《暗闇そのものと同化してるんじゃないか、ってこと。いきなり現れたり消えたりするのは、実体化するか、しないかじゃない? 多分、着てる黒衣の効果だと思う》


『って言われてもな――』


 話している間に、また死角からの一撃が来た。

 難なく回避するものの、これではラチが開かない。向こうが気分を変えて、紫音や恋花を狙い始める可能性もある。

 少しでも早く、叩き潰さなければならない。

 だったら対策は一つだ。

 動かない。

 黙して、ただ敵の攻撃を待つ。


《せ、先輩?》


『……』


 紫音の呼びかけも無視して、俺は一瞬の反撃に身構える。

 瞬間。

 真後ろから、頭蓋を砕く一撃が飛んできた。

 回避は小さく最低限に。あとは槍の柄目がけて、自慢の爪を振り下ろす。

 両断した。

 模倣品ということもあってか、神の槍は根元から二つに割れる。――これで虎勇が攻撃する場合。本体が実体化せざるを得ない筈だ。


 それは案の定聞こえてきた。

 竜の身を砕かんと、岩のような拳が発射される。

 肉体の一部を実体化した時点で、勝敗は決まったも同然だ。巨人の指はあっけなく裂けて、趨勢すうせいは俺の方へ傾き始める。

 もっとも。

 向こうだって、簡単に勝ちを譲る気は無かったようだが。


『二本目……!?』


 俺が反撃を叩き込んだ直後。再び闇の中から、折れた筈の神槍が突き出される。

 疑問するまでもなく、俺は同じように対処した。向こうに死角へ回るほどの冷静さは残っていないようにみえる。あるいは、あくまでもこの方法で勝利をもぎ取る気か。

 まあ破壊には成功したのだ。これでまた、本体は出ざるを得ない。


 だが。

 次に見えたのは、雨だった。


『な――』


 地下空間の空。全体を覆うように、神槍の群が形成されている。

 紫音も恋花も、巻き込む規模で。


『っ――!』


 許された時間で先輩の姿を探るが、見当たらない。

 ……こうなったら彼女を信じるだけだ。紫音は戦う術すら持っていないんだから、こっちで守ってやらないといけない。

 空間そのものを揺るがすような、轟音。

 贋作なり誇りを示すため、無差別な攻撃が飛来する――!


『紫音!』


 彼女の声を聞く前に移動する。

 後を追うように降り注ぐ神槍。その攻撃は留まるところを知らない。地面に突き刺さった瞬間から、柱を打ち上げるために魔力を放出している。

 刹那の間に被害は広まった。俺達が最初に捜索した建物も、哀れな残骸となるしかない。


「せ、先輩!」


『暴れるなよ……!』


 着地から彼女を抱き上げるまで、一秒も時間の無駄は許されない。

 神槍から逃れるタイミングは、結構ギリギリだった。が、後は加速の一本。力の限り翼を振るう。

 


『――』


 果たして恋花は無事なのか。

 頭の中に過る不安を、しかし今は無視するしかなかった。危機的な状態にあるのは俺と紫音も同じだ。気を緩めれば、神槍で串刺しになってしまう。


『く……っ』


 翼が止まった。

 正面、壁のように立つ柱がある。道を塞ぐように、何本も。


「先輩、後ろ!」


 一瞬の迷いが命取り。

 打ち落とすのも、回避も防御も不可能な神槍の群れが、風を裂いて落ちてくる。


「任せろ!」


『!?』


 間に割り込んだのは恋花だった。両手に剣を握り、降り注ぐ神槍と対峙する。

 圧倒的な力の本流を前にしているのに、その背中は怯まない。


「ふ――!」


 飛びかかる恋花。

 後の展開は、一方的なものでしかなかった。

 聞こえるのは金属音の連打のみ。――彼女が、降ってきた神槍をすべて叩き落としているのだ。

 小細工も何もない、力と力の激突だった。剣の動きは常軌を逸しており、美しい舞のようにすら見えてくる。

 だが万全だ。通過させることがあったとしても、こちらに当たらないのを見越したている。退路を塞いでいた柱が勝手に削れていく始末。


「これで……!」


 最後の一本が弾かれる。

 わずか数秒の死闘。痕跡は力強く刻まれており、長い戦いを連想させるほどだった。


「無事か? 二人とも」


『え、ええ。――にしても、凄いッスね』


「大したことじゃないさ。さ、父の動きを探ろう。まだあの人を退かせられるほど、傷を負わせてはいないしな」


 恋花はまったく消耗した様子がない。確かな足取りで、俺達の先頭に立っている。

 俺は紫音を抱き上げることにした。他の大部分と同じで、辺りは視界が悪い。そんな中に一人放置するなんて、いくらなんでも酷だろう。

 もっとも。


「動くな!」


 無数のライトが、一気に闇を払った。

 現れたのは武装した魔術師達。甲冑をつけるなんて魔術師らしからぬ格好の彼らは、胸にお揃いの紋章を刻んでいる。

 統括局だ。

 二つある都市の支配者の一角であり、父のノートにも記されていた組織。

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