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俺と紫音は二手に分かれて、室内の物色、もとい捜索を開始した。
ここ一つに三人でかかる必要はない気もするが、懐中電灯が一個しかないので止むを得ない。くそ、せめて携帯電話の明かりでもあればいいのに。
「うーん、やっぱり携帯の明かりだと頼りないね」
「そうだな――って持ってきてんのかよ! 運動する予定だったのに!」
「だって、アタシ後衛でしょ? それなら大丈夫かな、って」
「……ともあれ貸してくれ。俺、他の部屋探してくっから」
「えっ、だ、ダメだよ! これには乙女の秘密が詰まってるんだからね!?」
「普段の紫音からは考えられない台詞だな……」
なら仕方ない、彼女にも来てもらおうか。
俺は恋花に一声かけようと、奥でイラついている彼女に振り向く。
直後だった。
建物全体を揺さぶる、雄叫びが聞こえたのは。
「っ――!」
「れ、恋花さん!?」
入り口の近くにいた紫音を突き飛ばして、恋花は廊下へと駈け出していく。
彼女にとって、今の雄叫びは未知の音ではなかった筈。直前まで出ていた焦りも、すべて追い掛けることへ転換されたことだろう。
俺達も突っ立っている場合じゃない。この建物だって破壊される可能性がある。
「走るぞ!」
「りょ、了解!」
紫音の手を取って、携帯の辺りを頼りに外へ。
雄叫びの代わりに聞こえるのは足音だった。大きな、大地そのものが鳴いているような音。ここが地下なのもあってか、四方八方から聞こえてくる。
裏口まで戻ると、その正体とついに対面した。
巨人。
全長が5メートルはあるような巨人だった。首から下に漆黒の衣を着ており、全体的な輪郭はいまいち分からない。
「父上!」
恋花の声は、巨人の足元から聞こえてきた。
俺は即座に竜化を果たし、両目に支障のない範囲で魔力を流す。網膜の機能を切り替え、熱源探知ならぬ魔力探知にするためだ。
空気中の魔力も感知するので日中ほどではないが、十分見やすくなっている。これなら光が届かない場所でも、存分に暴れることが出来るだろう。
『……やっぱりか』
「せ、先輩、あの巨人と知り合いなの?」
『ああ、ちょっとな。――紫音は安全な場所に離れててくれ。もしヤバくなったら、大声で呼ぶんだぞ?』
「う、うん。分かった」
不安げな面持ちで頷く妹へ、俺は軽く手を振ってから分かれる。
視界に入ってくる魔力の塊は二つ。雄叫びの主であろう黒衣の巨人と、彼の足元にいる恋花だ。
「父上、私です! 娘の恋花です! 分からないのですか!?」
『――』
巨人は答えない。じっと無言で、娘を名乗る少女を見下ろしている。
俺も同じだ。彼女の事情を知っているのもあるし、迂闊に攻撃することは出来ない。
《せ、先輩、どうなってるの?》
安全な場所に移動し終わったんだろう。紫音は、お得意の念話を飛ばしてきた。
『あの人の声が聞こえてるんだったら、他に言うことはないぞ』
《親子、ってこと? ……失礼だけど、似ても似つかないような》
『そらあの格好じゃあな。でも、中身は間違いなく親子だよ。――巨人の始祖魔術を継いできた地陣家の父と娘だ』
恋花はまだ、父・虎勇への呼びかけを続けている。
誠人は紫音と話しながらも、やはり気が抜けなかった。何せ向き合っているのは巨人と人間。衝突すれば、どっちが不利になるかは言うまでもない。
恋花の魔術師としての能力は、一般的な規格に収まる程度だ。
巨人の始祖魔術なんて化け物じみた力を、彼女は父親から継承していない。神の武具を模倣し、その権能を振るう能力は、対峙している巨人が持ったままだ。
故に、一挙手一投足を注視する。
体格差は勿論、魔術師の能力として敵は強大だ。着ている衣だって、何かしらの神に由来する品である可能性は高い。
『――紫音、気をつけろよ』
《え……》
恋花の父である虎勇、その右腕が掲げられる。
瞬きしている間に出現したのは、三又の槍だった。
魔力を探知する目に替えているため、詳しいデザインは分からない。が、圧倒的な魔力が渦巻いていると分かる。……数メートルの距離を取っているのに、酔わされている気分まであった。
お陰で、本能は絶え間なく警笛を鳴らしている。
「父上!」
娘の声はすでに届かず。
神槍を以て、虎勇は一撃を振り下ろした……!
『っ!』
こちらの加速は一瞬。
槍の矛先が恋花を抉る前に、その射程範囲からさらっていく。
地下の地面を穿つ轟音。全身を使った一撃は、虎勇に明確な殺意があることを比喩していた。
巨人がこちらを見る。
瞬間、彼の足元から魔力が走った。
『うおっ!?』
岩の柱。逃げる俺達を追って、次々に巨大な針が打ち上げられる……!
こうなったら、速度を緩めず飛び去るだけだ。幸いにも柱が出てくる位置は分かる。魔術を発動させるため、地中を魔力が伝っていくからだ。
コースは紫音から離れる形で。あくまでも、彼女の安全を優先に置く。
『大丈夫ッスか?』
案外と、安全地帯までは直ぐに移動てきた。俺は翼を休め、恋花をそっと地面に下ろす。
「ああ、どうにかな……くそっ、言葉が通じないとは」
『――』
視覚を切り替えると、強い眼差しで父親を睨んでいる恋花が見える。
だが、そこに普段の彼女らしさはない。
あるのは肉親と対峙する、恐怖心だけだった。
「すまないが誠人、手伝ってくれ。父は間違いなく気が狂っている。元に戻すには、倒してしまうのが手っとり早い」
『……ええ、いいッスよ。全力で叩き潰してやりましょう』
直後、重い足音が響いた。
巨人状態の虎勇がこちらを捉えている。槍を構え、次の瞬間には飛び出そうという剣呑さだ。
対する俺も恋花も、同じような方向性で向き合うことしか出来ない。ここにいる者は全員、真っ向からの戦闘を得意としているからだ。
それぞれの持つ緊張感が、空気を堅く凍らせていく。
――先に限界へ達したのは、巨人の方だった。
『アアアァァァアアア!!』
絶叫にも似た咆哮を上げ、虎勇は力強く地面を蹴る。
突き込まれる槍。俺と恋花はそれぞれ、別の方向へと回避した。
敵の驚異を識別する余裕はあるらしく、彼は即座に俺の方を向く。懐中電灯を持っている娘には見向きもしない。
無論、当人はご立腹だが。
「待て……!」
魔術によって強化された身体で、直ぐに恋花は追い掛けた。
それでも虎勇は振り返られない。意図的とすら思える徹底ぶりで、恋花の勢いは増していく一方だ。
肉薄する。
「っ、おおお!」
わずかに迷う仕草はあったが、彼女は全力で刃を振った。
当たらない。
巨人の姿が、消えている。




