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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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 俺と紫音は二手に分かれて、室内の物色、もとい捜索を開始した。

 ここ一つに三人でかかる必要はない気もするが、懐中電灯が一個しかないので止むを得ない。くそ、せめて携帯電話の明かりでもあればいいのに。


「うーん、やっぱり携帯の明かりだと頼りないね」


「そうだな――って持ってきてんのかよ! 運動する予定だったのに!」


「だって、アタシ後衛でしょ? それなら大丈夫かな、って」


「……ともあれ貸してくれ。俺、他の部屋探してくっから」


「えっ、だ、ダメだよ! これには乙女の秘密が詰まってるんだからね!?」


「普段の紫音からは考えられない台詞だな……」


 なら仕方ない、彼女にも来てもらおうか。

 俺は恋花に一声かけようと、奥でイラついている彼女に振り向く。

 直後だった。

 建物全体を揺さぶる、雄叫びが聞こえたのは。


「っ――!」


「れ、恋花さん!?」


 入り口の近くにいた紫音を突き飛ばして、恋花は廊下へと駈け出していく。

 彼女にとって、今の雄叫びは未知の音ではなかった筈。直前まで出ていた焦りも、すべて追い掛けることへ転換されたことだろう。

 俺達も突っ立っている場合じゃない。この建物だって破壊される可能性がある。


「走るぞ!」


「りょ、了解!」


 紫音の手を取って、携帯の辺りを頼りに外へ。

 雄叫びの代わりに聞こえるのは足音だった。大きな、大地そのものが鳴いているような音。ここが地下なのもあってか、四方八方から聞こえてくる。


 裏口まで戻ると、その正体とついに対面した。

 巨人。

 全長が5メートルはあるような巨人だった。首から下に漆黒の衣を着ており、全体的な輪郭はいまいち分からない。


「父上!」


 恋花の声は、巨人の足元から聞こえてきた。

 俺は即座に竜化を果たし、両目に支障のない範囲で魔力を流す。網膜の機能を切り替え、熱源探知ならぬ魔力探知にするためだ。

 空気中の魔力も感知するので日中ほどではないが、十分見やすくなっている。これなら光が届かない場所でも、存分に暴れることが出来るだろう。


『……やっぱりか』


「せ、先輩、あの巨人と知り合いなの?」


『ああ、ちょっとな。――紫音は安全な場所に離れててくれ。もしヤバくなったら、大声で呼ぶんだぞ?』


「う、うん。分かった」


 不安げな面持ちで頷く妹へ、俺は軽く手を振ってから分かれる。

 視界に入ってくる魔力の塊は二つ。雄叫びの主であろう黒衣の巨人と、彼の足元にいる恋花だ。


「父上、私です! 娘の恋花です! 分からないのですか!?」


『――』


 巨人は答えない。じっと無言で、娘を名乗る少女を見下ろしている。

 俺も同じだ。彼女の事情を知っているのもあるし、迂闊に攻撃することは出来ない。


《せ、先輩、どうなってるの?》


 安全な場所に移動し終わったんだろう。紫音は、お得意の念話を飛ばしてきた。


『あの人の声が聞こえてるんだったら、他に言うことはないぞ』


《親子、ってこと? ……失礼だけど、似ても似つかないような》


『そらあの格好じゃあな。でも、中身は間違いなく親子だよ。――巨人の始祖魔術を継いできた地陣ちじん家の父と娘だ』


 恋花はまだ、父・虎勇こゆうへの呼びかけを続けている。

 誠人は紫音と話しながらも、やはり気が抜けなかった。何せ向き合っているのは巨人と人間。衝突すれば、どっちが不利になるかは言うまでもない。


 恋花の魔術師としての能力は、一般的な規格に収まる程度だ。

 巨人の始祖魔術なんて化け物じみた力を、彼女は父親から継承していない。神の武具を模倣し、その権能を振るう能力は、対峙している巨人が持ったままだ。

 故に、一挙手一投足を注視する。

 体格差は勿論、魔術師の能力として敵は強大だ。着ている衣だって、何かしらの神に由来する品である可能性は高い。


『――紫音、気をつけろよ』


《え……》


 恋花の父である虎勇、その右腕が掲げられる。

 瞬きしている間に出現したのは、三又の槍だった。

 魔力を探知する目に替えているため、詳しいデザインは分からない。が、圧倒的な魔力が渦巻いていると分かる。……数メートルの距離を取っているのに、酔わされている気分まであった。

 お陰で、本能は絶え間なく警笛を鳴らしている。


「父上!」


 娘の声はすでに届かず。

 神槍を以て、虎勇は一撃を振り下ろした……!


『っ!』


 こちらの加速は一瞬。

 槍の矛先が恋花を抉る前に、その射程範囲からさらっていく。

 地下の地面を穿つ轟音。全身を使った一撃は、虎勇に明確な殺意があることを比喩していた。

 巨人がこちらを見る。

 瞬間、彼の足元から魔力が走った。


『うおっ!?』


 岩の柱。逃げる俺達を追って、次々に巨大な針が打ち上げられる……!

 こうなったら、速度を緩めず飛び去るだけだ。幸いにも柱が出てくる位置は分かる。魔術を発動させるため、地中を魔力が伝っていくからだ。

 コースは紫音から離れる形で。あくまでも、彼女の安全を優先に置く。


『大丈夫ッスか?』


 案外と、安全地帯までは直ぐに移動てきた。俺は翼を休め、恋花をそっと地面に下ろす。


「ああ、どうにかな……くそっ、言葉が通じないとは」


『――』


 視覚を切り替えると、強い眼差しで父親を睨んでいる恋花が見える。

 だが、そこに普段の彼女らしさはない。

 あるのは肉親と対峙する、恐怖心だけだった。


「すまないが誠人、手伝ってくれ。父は間違いなく気が狂っている。元に戻すには、倒してしまうのが手っとり早い」


『……ええ、いいッスよ。全力で叩き潰してやりましょう』


 直後、重い足音が響いた。

 巨人状態の虎勇がこちらを捉えている。槍を構え、次の瞬間には飛び出そうという剣呑さだ。

 対する俺も恋花も、同じような方向性で向き合うことしか出来ない。ここにいる者は全員、真っ向からの戦闘を得意としているからだ。


 それぞれの持つ緊張感が、空気を堅く凍らせていく。

 ――先に限界へ達したのは、巨人の方だった。


『アアアァァァアアア!!』


 絶叫にも似た咆哮を上げ、虎勇は力強く地面を蹴る。

 突き込まれる槍。俺と恋花はそれぞれ、別の方向へと回避した。

 敵の驚異を識別する余裕はあるらしく、彼は即座に俺の方を向く。懐中電灯を持っている娘には見向きもしない。

 無論、当人はご立腹だが。


「待て……!」


 魔術によって強化された身体で、直ぐに恋花は追い掛けた。

 それでも虎勇は振り返られない。意図的とすら思える徹底ぶりで、恋花の勢いは増していく一方だ。

 肉薄する。


「っ、おおお!」


 わずかに迷う仕草はあったが、彼女は全力で刃を振った。

 当たらない。

 巨人の姿が、消えている。

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