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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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「うーん、建物の雰囲気はソレっぽいね。下にある明かりは普通の街灯だけど」


『なんでこんな場所にあるんだか……』


 怪しいことこの上ない。訓練場の下に何があるかなんて、学園の説明でも聞いていないし。

 機竜に襲われることもなく、俺達は無事に街灯の下へ。どうも、さっき言った施設の入り口に当たる場所のようだ。


 敷地へと通じる門は空いている。が、建物の照明は完全に落ちていた。

 本格的な探索をするなら、懐中電灯でも何でもいいから明かりが欲しい。この街灯だけでは行ける範囲がかなり限られる。


「おい二人とも、あれを見ろ」


 先に敷地へ入っていた恋花は、右手の奥を指差していた。

 よく見ると微かに光が漏れている。俺達が今いる場所と同じく、街灯だろうか? 持ち運び可能な照明なら助かるんだが。

 かすかな望みを託し、三人揃って光の方へ歩いていく。


『――』


 ふと気になって天井を見上げてみると、機竜のぶち抜いた穴が目立っていた。人が来ている様子はなく、外に異常が知れているわけではないらしい。


「先輩、竜化解いたら? 維持してるだけでも疲れるでしょ?」


『そうだな。敵の気配もねえし』


 深呼吸して、魔力の流れを切り替える。

 竜の外殻はあっという間に消えた。跡形も残らず、湯気のように蒸発していく。


「お帰りー、先輩」


「あ、ああ……って、どうして腕組もうとするんだよ!?」


「良いじゃん良いじゃん。恋花さんにすれば、アタシ達カップルなんだしさ!」


「恥ずかしいから止めてくれ……」


「ふうん、恥ずかしくない状況ならウエルカムなわけだね?」


 これ以上は墓穴を掘りそうなので黙ろう。

 返答が無いのを良しとしたのか、紫音は俺の右腕をとって抱きついてきた。女性らしい部分が密着して、勝手に心臓を熱くする。


「おい二人とも、早く――すまない、お取り込み中だったか」


「き、気にしないでいいッスよ」


「そうそう。自然体ですからっ!」


 誰が見ても浮足立っている紫音は、こっちを引っ張るように歩いていく。

 敷地の端まで歩いて行くと、施設の裏口らしき場所にたどり着いた。恋化が発見した光は、ここの入り口に設置された物になる。


「……ドア、開いてるね」


「ああ、中に入るぞ。廊下の電気を点けられるかもしれない」


 勇ましい足取りのまま、恋花は施設の中へ。

 彼女は彼女なりに警戒しているのか、魔力の剣を展開していた。少し間をおいて安全だと分かると、静かに切っ先を下げている。


「あれ、下駄箱があるよ? 靴脱いで入れ、ってことかな?」


「こんな怪しげな場所で、そんな呑気なこと出来るわけねえだろ。いいか紫音、くれぐれも――」


「先輩、これ」


 いつの間にか腕を離していた紫音は、A4サイズのノートを手にしていた。

 表面には何も書かれていない。コンビニとかでも売ってる、学校の授業でも使えそうな普通のノート。


「誰が書いたんだ……?」


「いいから、早く中見てよ先輩」


「そうだ。焦らしは良くないぞ、誠人」


「――」


 いつの間にか、左右を美少女が包囲している。なんか物凄い緊張するんですが。

 離れてくれと言いたい気分だが、口にすると心境がバレる。ここは冷静になって、恥ずかしがっていることを――ああやばい、良い匂いがしてきた。女の子の匂いってやつか。

 やっぱりその性癖があるんじゃないかと思いつつ、慎重にノートをめくる。

 直後。

 あってはならない名前に、頭の中が凍りついた。


「……私は始導院しどういん誠竜せいりゅう。ここを訪れた者のために、最低限の情報だけ記しておく」


 動かない俺の代わりに、文章を読み上げた紫音。

 どうして、その名前がここにあるんだろう。

 誠竜――死んだ、父親の名前が。



――――――――――



 先頭を恋花に任せ、俺達は施設の中を探索し始めた。

 廊下の電気は、相変わらずついていない。視界を確保してくれるのは、ノートの近くにあった懐中電灯だ。電池も十分な量が残っているようで、安心して奥に進める。


「エリア・デウカリオン、か」


「ノートに書いてあったね、地下空間の名前」


 しかし、どんな意味を持っているかまでは書いていなかった。

 ――父・誠竜はこう書き残している。この地には統括局が隠している情報があるため、探索する場合は相応の覚悟を持つように、と。


「何が隠してあるのかな? 機竜のこともあるし、第三次世界大戦のこと?」


「候補には上がるだろうな。……でもあそこまでノートに書いてる以上、父さんはその正体を知ってんだろう。なんで書いてない?」


「先輩が来る、って分かってたとか?」


「ま、まさか。いくら父さんでも未来予知はできんだろ。それにあの人、将来よりも今を見ろ、って口癖みたいに言ってたからな」


「ああ、そういえばそうだね」


 だがその場合、ノートの存在だって矛盾する。

 いったい父の目的は何なんだろうか? 今という瞬間を生きていたあの人は、保険をかけようとする性格ではない。後続に託す、なんて判断は最も嫌うことだろう。

 あるいは。

 自分の終わりが確定したからこそ、ノートを残したんだろうか……?


「ていうか、デウカリオンって何? どっかで聞いた覚えがあるんだけど……」


「ギリシャ神話の登場人物だ。人類が壊滅するレベルの大洪水を予見して、無事に生き残った人だな。ギリシャ人の先祖だって言われてる」


「それは、ノアの箱舟みたな?」


「ああ」


 その名を冠した、謎の地下空間。第三次世界大戦を人類滅亡の危機と考えるなら、案外と間違ったネーミングでもない。


「おい二人とも、こっちに来てくれ!」


 雑談の間に離れてしまった恋花が、廊下の横にある部屋から顔を出している。

 言われた通りに向かうと、彼女は一枚の写真を手にしていた。体格の良い二人の青年が、仲良く肩を並べている写真を。

 よく見れば、片方の青年には見覚えがある。


「……父さん?」


「ああ、間違いないぞ。隣にいるのは私の父だな。20年前、貴族への反乱が起こった時のものだろう」


「わ、分かるんスか?」


「同じ写真が家にあるものでな。まあ、こちらほど劣化してはないが」


 そのまま放り出されていた所為だろう。写真は、所々が薄くなっている。

 恋花は写真を元の場所に戻すと、部屋の捜索を開始した。


 いくつもベッドが並んでいる辺り、ここは睡眠を取るための場所らしい。他には机が一つあるだけだった。

 恋花は焦りを滲ませながら、豪快に布団をまくっている。


「……ねえ先輩、恋花さんって父親と何かあったの?」


「――後で話す、本人もいるしな。今は何か残ってないか、調べる方優先だ」


「あ、そだね」

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