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「数時間ぶりだね、先輩。今夜狙ってくると思ってたから、ちょっと網を張らせてもらったよ」
「面倒なことするなあ……」
数えられるだけで、敵は十名ほど。
出現する直前に空間が歪んだのは、どこか離れた場所から転移してきた所為だろう。ひょっとしたら増援も控えているかもしれない。
深呼吸し、改めて周囲の状況を確認する。
「……先輩、意外と冷静だね。アタシが敵になってるのに、驚かないの?」
「だってお前、治安維持の組織に入ってるだろうよ。ここに出て来るのは、むしろ当然ってやつじゃねえのか?」
「確かに、真面目な勤務をするんだったらね」
紫音の台詞に呼応して、甲冑達が一歩前へと出る。
全員、手に剣と盾を装備していた。
魔術師にとっては標準的なスタイル。外見は中世そのままだが、魔術的な仕掛けが施されているため性能は比較にならない。銃弾の雨だって切り抜ける逸品だ。
対する俺は無防備なまま。
戦闘の趨勢は、決まったも同然だった。
「何か言い残すことはある?」
「……おいおい、正気かよ。十人程度じゃ、俺には勝てないと思うがね」
「無防備な人の台詞には聞こえないなあー」
確かに、その通り。
だからだろう。
何の合図もなく駆け出した政府兵に、俺はあっさりと身体を切られた。
「ぐ……!」
月光の中に、毒々しい赤が咲く。
後の流れは一方的なものでしかない。切り刻まれ、串刺しにされ、俺の意識はあっさりと遠退いていく。
「あーあ、つまないの。昼間に襲った方が、もう少し抵抗してくれたかな?」
「――そうでもないぞ」
「っ!?」
死にかけの身体で、普通だったら喋ることすら出来ない状態で。
俺はゆっくりと身体を起こして、紫音の陰影を見つめていた。
「……おかしいな。魔術を発動させた仕草はなかったけど」
「魔術なんて最初っから発動してる。例えば――」
瞬間、何かが破裂した。
原因は俺の右腕。綺麗に弾け飛び、肉片すら残さず消え去っている。
代わりにあるのは異形の、堅い鱗をまとった黒い巨腕。
「身体そのものの作りとかな」
轟音が鳴った。
突如として出現した巨大な何かが、敵魔術師へ突風を叩きつける。狼狽する声が次々に聞こえ、彼らが俺の魔術を把握していないことを教えてくれた。
ふと、心の中で笑みが浮かぶ。
「な――」
驚いているのは紫音も同じ。
俺は務めて冷静なまま、彼女の前に立ち上がった。
いつもより少し高い視線で、その矮躯を見下ろしながら。
「竜化……!」
伝説的な幻獣、ドラゴンに変身する魔術。
それが生まれつき、俺の所有している力だ。