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そこは円形に広がった、巨大な空洞。客席こそないが、ローマのコロッセオを連想させる。
今のところ敵の姿はない。魔獣が出現する合図ともなる、魔術陣さえ見えていなかった。……授業で訪れた時は、わりと直ぐに出迎えてくれたのだが。
しかし異常な事態ではないらしく、恋花は落ち着いた様子で武器を手にする。
剣の柄、だった。
思わず首を傾げたくなるが、恋花は大切そうに柄だけの剣を握っている。いや、柄だけなので、それを剣と呼ぶのは妙だが。
「? どうした、変な顔をして。非常識な人間でも見つけたか?」
「別に非常識とは思ってないッスけど……ソレ、どうやって戦うんスか?」
「これか? これはな――」
彼女は軽く息を吸うと、意識を例の柄に向ける。
途端、その根元から刃が生えてきた。切っ先まであっという間に出現し、立派な片刃の長剣が完成する。
「この通り、魔力で刀身を編むことが出来る。持ち運びに便利だな」
「……そういえば先輩の家って、鍛冶の家系ッスよね」
「ああ。先祖は神々の武具を作ったとも言われているな。私が今持っているコレも、ギリシャの神王に献上した武器をモチーフにしていると聞く」
「キュプクロス、でしたっけ?」
一つ目の巨人、あるいは鍛冶神の右腕。
人外の先祖がいるのは、魔術師だからこそ珍しい話ではない。彼らは幻獣、魔獣の子孫だ。特徴自体は無いも同然のレベルで薄まっているが、物や技術は形を残している場合が多い。
「だから、戦力としては期待してくれて構わないぞ。まあ今のところ、原典のように地球を溶解させるのは不可能だが」
「……将来的には出来るんスか?」
「始祖魔術が完成すれば、可能にはなるだろうな」
末恐ろしいとはこのことか。
よし、と意気込んで、恋花は俺達の前に立った。敵が入場するのを今か今かと待っているのが、背中ごしにも感じとれる。
「え、ええっと? アタシはどうすればいいの?」
「紫音はそこで待機してろ。正面衝突になるだろうから、こっちでさっさと片付けて――」
直後のこと。敵の出現ではなく、予想していない変化が訪れる。
爆散、だった。
大広間の中心、そこに巨大な穴が穿たれている。魔獣の仕業だとすれば相当な大型種の登場に違いない。
緊張感が急上昇し、三人が身構える。
だが。
「な――」
穴を更に拡大させて出てきたのは、獣という単語で呼ぶのが似合わない巨体。無機質な眼光は数週間前にも見たものだ。
機竜。
敵地・機甲都市の最新兵器が、俺達の前にいる。
「――こいつ、誠人が以前戦ったやつか!?」
「そ、そうッスよ! なんでこんな場所に……」
「つべこべ言わず逃げろ! ここは私が引き受ける!」
「はあ!? ちょ――」
制止の声も間に合わず、恋花は敵前へと飛び込んでいった。
勝てるわけがない。機竜の装甲は、解術装甲と呼ばれる特殊なものだ。魔力、魔術の一切はヤツに通用しない。
対し、恋花の武器は露骨に魔術を使ったもの。触れた瞬間に無力化されるのがオチだ。
「っ、紫音は外に助けを呼べ! 俺と先輩で喰い止める!」
「そ、そんな無茶だよ! 前に勝った時とは状況が違うんだから、先輩も一緒に――」
「頼む!」
仲間を見捨てるわけにはいかない。
心配そうな面持ちの紫音と分かれて、即座に人型の竜へと変化する。攻撃手段としては心許ないが、生身で動き続けるよりは機動力で上だ。
地面を蹴り、一対の翼と共に跳躍する。
――しかし。そこで、想定外の出来事が起こった。
「ふんっ!」
恋花だ。彼女の剣がいとも容易く、機竜の装甲を引き裂いている……!?
俺も、恐らくは紫音も動きを止めていた。恋花は真正面から機竜の装甲を、片腕を切り落としている。以前の戦いで発見した弱点を狙ったわけでもない。
予想できる理由は二つ。剣を作っている魔術が、装甲の処理速度を超えているか、あるいは――
「せっ!」
考えている間に、もう一度快音が響く。
今度は胴を大きく裂いていた。次に狙うのは頭部。連続した破損で仰け反っている機竜には、対抗する手段がない。
だから、一刀両断だった。
機竜はピクリとも動かず、そのまま仰向けにダウン。恋花は一息ついて、自分の成果を見つめている。
「なんだ、大したことなかったな」
『ど、どういうことだよ……』
「? おかしなところでもあったのか? 私は普通に戦っただけだぞ」
しかし普通に戦えば、勝てる道理はない筈で。
立ち竦んでいる俺の横を、紫音は駆け足で通っていく。危ないぞ、と一声かけたい気分だったが、機竜が壊れているのは明らかだし止めにした。
彼女は、倒れた機竜の頭部で何かを探している。詳細が分からない俺と恋花は、無言で見つめるだけだった。
「……先輩これ、100年ぐらい前の機体だよ」
『ひゃ、100年前?』
「うん。機竜には識別の番号が振られてるんだけど、それが凄く古い。少なくとも今の機甲都市が作ってるやつじゃないね」
『おいおい……』
そんなものが、なんで学園の地下にあったんだ?
解術装甲が発動しなかった点については、一つの回答が出たとも考えられる。機体が古すぎて、搭載されていないわけだ。
「ほう、100年前か。ちょうど第三次世界大戦の時代だな」
『そうなるッスね。……当時、機竜なんて存在してたんですか?』
「私は知らんな。紫音はどうだ? ――というか、よく番号のことが分かったな?」
「えっ? いや、前に知り合いから聞いたことがあって……」
「ほう、興味深いな。もう少し話してくれるか?」
「いっ」
俺も紫音も、完全に表情を凍らせていた。事情を理解していない恋花だけが、そんな反応を意外そうに眺めている。
『ま、まあその話は後でいいじゃないッスか。それよりも先に、どうしてコイツが出てきたのか調べないと』
「む、そうだな」
案外と簡単に納得して、恋花は穿たれた大穴へと近付いていく。
ホッとして胸を撫で下ろした俺と紫音も、その後ろ姿を追い掛けた。……出現する筈の魔獣が現れないのは気になるが、今は優先順位を切り替えよう。
恐る恐る、全員で穴の中を覗きこむ。
「――光ってるね」
奥の奥。正確な距離は掴みにくいが、小さな光が見えている。
その周りでうっすらと照らされているのは建物だ。無論、どんな用途の建物かは分からない。機竜の年代を考えると、100年前の物だろうか?
好奇心が赴くまま、俺はもう一度翼を広げる。
『ちょっと見てくる。二人はここで待っててくれ』
「うむ、構わないぞ」
「え、アタシは一緒に行くよ?」
振り向くと、両手を俺に向かって伸ばしている紫音が。竜化による体格差もあって、だってこして、と子供がねだっているように見えてくる。
まあ一緒にいてくれた方が、安心と言えば安心だ。
反対はせず、紫音を抱き上げることにする。甲殻で座り心地は悪いだろうが、少し辛抱してもらおう。
「せっかくだ、私も乗せてくれ」
『……だ、そうだがお姫様、どうする?』
「うん? 別にアタシは大丈夫だよ」
ならさっさと行くことにしよう。本来の目的だって仕えているんだし。
広がっている暗闇に怯えることなく、軽い動きで穴の中へと落ちていく。
ゆっくり下りていく中で、徐々に目の感覚が馴れてきた。一点だけある光の正体は何なのか、周囲にどんな建物があるか――時間を追うごとにハッキリしてくる。
『研究所、か?』




