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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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 そこは円形に広がった、巨大な空洞。客席こそないが、ローマのコロッセオを連想させる。

 今のところ敵の姿はない。魔獣が出現する合図ともなる、魔術陣さえ見えていなかった。……授業で訪れた時は、わりと直ぐに出迎えてくれたのだが。


 しかし異常な事態ではないらしく、恋花は落ち着いた様子で武器を手にする。

 剣の柄、だった。

 思わず首を傾げたくなるが、恋花は大切そうに柄だけの剣を握っている。いや、柄だけなので、それを剣と呼ぶのは妙だが。


「? どうした、変な顔をして。非常識な人間でも見つけたか?」


「別に非常識とは思ってないッスけど……ソレ、どうやって戦うんスか?」


「これか? これはな――」


 彼女は軽く息を吸うと、意識を例の柄に向ける。

 途端、その根元から刃が生えてきた。切っ先まであっという間に出現し、立派な片刃の長剣が完成する。


「この通り、魔力で刀身を編むことが出来る。持ち運びに便利だな」


「……そういえば先輩の家って、鍛冶の家系ッスよね」


「ああ。先祖は神々の武具を作ったとも言われているな。私が今持っているコレも、ギリシャの神王に献上した武器をモチーフにしていると聞く」


「キュプクロス、でしたっけ?」


 一つ目の巨人、あるいは鍛冶神の右腕。

 人外の先祖がいるのは、魔術師だからこそ珍しい話ではない。彼らは幻獣、魔獣の子孫だ。特徴自体は無いも同然のレベルで薄まっているが、物や技術は形を残している場合が多い。


「だから、戦力としては期待してくれて構わないぞ。まあ今のところ、原典のように地球を溶解させるのは不可能だが」


「……将来的には出来るんスか?」


「始祖魔術が完成すれば、可能にはなるだろうな」


 末恐ろしいとはこのことか。

 よし、と意気込んで、恋花は俺達の前に立った。敵が入場するのを今か今かと待っているのが、背中ごしにも感じとれる。


「え、ええっと? アタシはどうすればいいの?」


「紫音はそこで待機してろ。正面衝突になるだろうから、こっちでさっさと片付けて――」


 直後のこと。敵の出現ではなく、予想していない変化が訪れる。

 爆散、だった。

 大広間の中心、そこに巨大な穴が穿たれている。魔獣の仕業だとすれば相当な大型種の登場に違いない。

 緊張感が急上昇し、三人が身構える。

 だが。


「な――」


 穴を更に拡大させて出てきたのは、獣という単語で呼ぶのが似合わない巨体。無機質な眼光は数週間前にも見たものだ。

 機竜。

 敵地・機甲都市の最新兵器が、俺達の前にいる。


「――こいつ、誠人が以前戦ったやつか!?」


「そ、そうッスよ! なんでこんな場所に……」


「つべこべ言わず逃げろ! ここは私が引き受ける!」


「はあ!? ちょ――」


 制止の声も間に合わず、恋花は敵前へと飛び込んでいった。

 勝てるわけがない。機竜の装甲は、解術装甲ゴルディアスと呼ばれる特殊なものだ。魔力、魔術の一切はヤツに通用しない。

 対し、恋花の武器は露骨に魔術を使ったもの。触れた瞬間に無力化されるのがオチだ。


「っ、紫音は外に助けを呼べ! 俺と先輩で喰い止める!」


「そ、そんな無茶だよ! 前に勝った時とは状況が違うんだから、先輩も一緒に――」


「頼む!」


 仲間を見捨てるわけにはいかない。

 心配そうな面持ちの紫音と分かれて、即座に人型の竜へと変化する。攻撃手段としては心許ないが、生身で動き続けるよりは機動力で上だ。

 地面を蹴り、一対の翼と共に跳躍する。

 ――しかし。そこで、想定外の出来事が起こった。


「ふんっ!」


 恋花だ。彼女の剣がいとも容易く、機竜の装甲を引き裂いている……!?

 俺も、恐らくは紫音も動きを止めていた。恋花は真正面から機竜の装甲を、片腕を切り落としている。以前の戦いで発見した弱点を狙ったわけでもない。

 予想できる理由は二つ。剣を作っている魔術が、装甲の処理速度を超えているか、あるいは――


「せっ!」


 考えている間に、もう一度快音が響く。

 今度は胴を大きく裂いていた。次に狙うのは頭部。連続した破損で仰け反っている機竜には、対抗する手段がない。

 だから、一刀両断だった。

 機竜はピクリとも動かず、そのまま仰向けにダウン。恋花は一息ついて、自分の成果を見つめている。


「なんだ、大したことなかったな」


『ど、どういうことだよ……』


「? おかしなところでもあったのか? 私は普通に戦っただけだぞ」


 しかし普通に戦えば、勝てる道理はない筈で。

 立ち竦んでいる俺の横を、紫音は駆け足で通っていく。危ないぞ、と一声かけたい気分だったが、機竜が壊れているのは明らかだし止めにした。

 彼女は、倒れた機竜の頭部で何かを探している。詳細が分からない俺と恋花は、無言で見つめるだけだった。


「……先輩これ、100年ぐらい前の機体だよ」


『ひゃ、100年前?』


「うん。機竜には識別の番号が振られてるんだけど、それが凄く古い。少なくとも今の機甲都市が作ってるやつじゃないね」


『おいおい……』


 そんなものが、なんで学園の地下にあったんだ?

 解術装甲が発動しなかった点については、一つの回答が出たとも考えられる。機体が古すぎて、搭載されていないわけだ。


「ほう、100年前か。ちょうど第三次世界大戦の時代だな」


『そうなるッスね。……当時、機竜なんて存在してたんですか?』


「私は知らんな。紫音はどうだ? ――というか、よく番号のことが分かったな?」


「えっ? いや、前に知り合いから聞いたことがあって……」


「ほう、興味深いな。もう少し話してくれるか?」


「いっ」


 俺も紫音も、完全に表情を凍らせていた。事情を理解していない恋花だけが、そんな反応を意外そうに眺めている。


『ま、まあその話は後でいいじゃないッスか。それよりも先に、どうしてコイツが出てきたのか調べないと』


「む、そうだな」


 案外と簡単に納得して、恋花は穿たれた大穴へと近付いていく。

 ホッとして胸を撫で下ろした俺と紫音も、その後ろ姿を追い掛けた。……出現する筈の魔獣が現れないのは気になるが、今は優先順位を切り替えよう。

 恐る恐る、全員で穴の中を覗きこむ。


「――光ってるね」


 奥の奥。正確な距離は掴みにくいが、小さな光が見えている。

 その周りでうっすらと照らされているのは建物だ。無論、どんな用途の建物かは分からない。機竜の年代を考えると、100年前の物だろうか?

 好奇心が赴くまま、俺はもう一度翼を広げる。


『ちょっと見てくる。二人はここで待っててくれ』


「うむ、構わないぞ」


「え、アタシは一緒に行くよ?」


 振り向くと、両手を俺に向かって伸ばしている紫音が。竜化による体格差もあって、だってこして、と子供がねだっているように見えてくる。

 まあ一緒にいてくれた方が、安心と言えば安心だ。

 反対はせず、紫音を抱き上げることにする。甲殻で座り心地は悪いだろうが、少し辛抱してもらおう。


「せっかくだ、私も乗せてくれ」


『……だ、そうだがお姫様、どうする?』


「うん? 別にアタシは大丈夫だよ」


 ならさっさと行くことにしよう。本来の目的だって仕えているんだし。

 広がっている暗闇に怯えることなく、軽い動きで穴の中へと落ちていく。

 ゆっくり下りていく中で、徐々に目の感覚が馴れてきた。一点だけある光の正体は何なのか、周囲にどんな建物があるか――時間を追うごとにハッキリしてくる。


『研究所、か?』

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