表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
68/98

「……おまえな、この前いろいろあったばっかりだろ? 少しは警戒心をだな」


「でも、先輩は警戒し過ぎじゃない?」


「う」


「アタシの味方でいてくれるのは、もちろん嬉しいよ? でも、先輩がいつも通りじゃなきゃ嫌だからね。アタシ中心に物事を考えるのだって、正直フクザツだよ?」


「負担になってやしないか、ってか? でも俺は別にだな――」


「うん、そうそう。その調子だよ、先輩っ」


「?」


 肝心の答えを言わず、紫音は寮の中へ。俺も続けて入っていく。

 玄関からロビーに入ってからも、頭の中ではさっきの会話が繰り返されていた。


 その調子――微笑みながら紫音が言ったのは、果たしてどんな調子のことを言うんだろう? 今日一日、気分はずっと同じだったが。

 わざわざ指摘されたということは、何かしらの変化があったと考えられる。


「先輩、気になってるの? さっきアタシが言ったこと」


「ん? ああ、ちょっとな。……なんか変だったのか? 俺」


「んー、変ってほどじゃないけど、やっぱり気負ってた感じはあったかな。俺がやりたいからやる! みたいな感じじゃなかったっていうか」


「……よう分からん」


「うんうん、それでいいよー。無邪気なのは子供の証拠だしね!」


 ひょっとしなくても、馬鹿にされてるんだろうか?

 紫音はそれだけ言った後、駆け足で部屋へと向かっていく。廊下の真ん中あたり、205、と記された扉が俺達の部屋だ。


 集合時間は30分後。余裕を持って準備できる時間だが、のんびりしていて良い時間でもない。

 ジャージどこに置いてたっけ、と考えつつ、一歩部屋に踏み込む。

 直後。


「ぶほっ!?」


 勢いよく閉まった扉が、俺の顔面を強打した。


「せ、先輩!? 大丈夫!?」


 扉の向こうから、くぐもって聞こえる紫音の声。鼻の頭を押さえながら、大丈夫だ、と一言だけ返す。


「ご、ごめんね。着替えたら直ぐに開けるから」


「おう……って、そのためにドア閉めたのか!? こんなに突然やらんでもいいだろ!?」


「あはは、やっぱり? 危ないかなー、と思いつつ、つい……」


「――」


 笑って誤魔化す紫音は、扉の向こうで衣擦れの音を出している。

 普段から愛情表現を怠らない彼女だが、さすがに着替えを見せるレベルではないらしい。……好きな下着の色とか聞いてくる癖に、どこが境界線なんだろうか。


「……先輩、静かだね」


「? そりゃあ廊下で一人騒いでたら、おかしなやつに思われるだろ」


「アタシのお着替えシーンでも想像してみたら?」


 投下された爆弾に手足が凍る。

 俺が無言でいることをどう思ったのか、紫音は自慢げな抑揚で話を続けた。


「先輩のために何個かヒントあげるね。えっと、まずは肉付きからですけど、バストが85で、ウエストは――」


「は、白昼堂々と言わんでいい! 近くに人がいたらどうすんだ!?」


「え、その時は先輩が怒るんでしょ? よくも俺の女に手を出したな、って」


「やるわけないだろ!」


「えー」


 それだけの台詞だったが、ふてくされている紫音を想像するには十分だった。

 しばらくして扉が開くと、学校指定の青いジャージを着ている彼女が映る。足元には脱いだばかりのスカートと、ワイシャツが。


「……」


「先輩、なにジッと見てるの? もしかして匂いフェチ?」


「は? い、いや、そうじゃないっ! ……なんでドアの近くで着替えてたんだろう、って思っただけだ」


「先輩と話しながら着替えようと思ったんだけど……ダメだった? そっちの方が安心するし」


「あ、安心?」


 意味を掴めなくて、俺は眉根をひそめるしかない。

 だが紫音の方も、大した意味は込めなかったんだろう。気にしないで、と一言挟んだ後、俺を部屋に招き入れた。


「――先輩。一応聞くけど、本当に嗅がなくていい? 脱ぎたてだよ?」


「お、俺はそこまで変態じゃねえよ! さっさと片付けろ!」


「あー! それは匂いフェチの人に失礼だよっ! 断るなら、もっとやんわり断らないと」


「あ、はい」


「大体ね、いい? 先輩はもう少し性欲ってものを大切に――」


 いつの間にか説教される側になって、時間は確実に過ぎていく。

 でも、まあ。

 日常の光景なんだし、少しぐらいは大目に見よう。



――――――――――



 俺達が通う霧月魔術学園は、地下に巨大な空洞がある。

 しかし、それは特別なことじゃない。大抵の魔術学園に、訓練場という名目で設けられている施設だ。授業で使うことも多く、生徒にとってはお馴染の場所でもある。


「へえ、ここがね……」


 一年生なのもあってか、紫音は初見のようだった。

 地下ということもあり、周囲は薄い闇で覆われている。頼りになるのは天井にある蛍光灯だけ。等間隔で置かれているが、一帯を光で満たすほどの強さは無い。


「……なんていうか、訓練場じゃなくて迷宮みたいだよね。ゲームに出てくるダンジョンっていうか」


「まあそう呼んでる人はいるしな。魔獣だって出てくるんだから、逆に似合うかもしれんし」


 といっても、仮想の一言で済ませられる領域ではない。

 俺達が立っている訓練場の入り口は、紫音が言ったような雰囲気を催している。真っ直ぐ伸びた通路と、左右にあるレンガの壁。幅は狭く、学校の廊下とそう変わらない。


 単純な話、この通路は戦闘を行う場所ではないからだ。

 下層に行けば話も違ってくるが、訓練はいくつかある広間で行われる。俺達の現在地は魔獣が入りにくい、比較的安全な場所だ。

 もちろん絶対ではないので、警戒は怠れないが。


「では行くとしよう。……ところで紫音君は、どのような魔術をお持ちなのかな?」


「アタシですか? えっとサキュバスなので、念話っていうか、テレパシーっていうか? そういうのなら出来ますよ」


「ふむ、では支援型か。私と誠人は前衛だから、バランスは取れているな」


 一人頷いて、恋花は早足で先に行く。

 俺と紫音は数歩離れた位置で彼女を追った。それなりに焦っているようで、こちらとの距離は徐々に開きつつある。


「……ねえ先輩、恋花さんって何か事情あるの?」


「――神闘祭については分からんな。まあ俺と同じで始祖魔術を継承してる家の子だから、実家のゴタゴタはあるかもしれない。神闘祭では有名どころの家系だしな」


「へえ……なら尚更、手伝って上げないとだね」


「ああ」


 まあ協力したいと言ったのは、紫音が最初なわけだけど。

 最初の角を曲がると、奥には戦場となる大広間が見えていた。先客が来ている様子はない。これなら待たされることなく、最初の試練に突入できそうだ。


「ところで誠人、訓練場を授業以外で使うのは初めてか?」


「そうッスね。神闘祭の学生枠に挑んだことないッスから」


「では、これからすることを軽く説明しておこう。――神闘祭の学生枠へ入るには、訓練場を第五層ま突破する必要がある。期限は締め切りの三日後までだ」


「一日で五層まで行くんスか?」


「いや、締め切りまでに到達すればいい。攻略した階層は、訓練場に仕込んである魔術によって保存されるからな」


 話しながら恋花は、大広間の出入り口にある円形の模様を指差す。

 人一人分が入れる魔術陣だ。脈打つように小さな光を放っており、絶えず何かしらの魔術を発動させていると分かる。


「あれは転移装置も兼ねている。生徒が攻略した階層を記憶し、最前線まで送り届けてくれるわけだ」


「……ちなみに恋花さんは、どこまで攻略したんですか?」


「私か? 私は八層まで攻略済みだ。といっても単独での挑戦だから、団体で挑む場合は適用されないよ」


「えー、勿体ない……」


 そんな紫音の愚痴を聞きつつ、俺達は大広間へと踏み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ