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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第九章 足元にある禁忌
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第二部 始

「なあ、頼むよ誠人まこと!」


 一日の終わり。校舎から出た俺を迎えたのは、黒い短髪の少女だった。

 いや、一目見ると彼女が少女であることは気付きにくい。

 鋭い目つき、やや低い声。ばっさりと切り落とした短髪には洒落っ気も何もなくて、スポーツに勤しむ少年を思わせる。


 しかし半面、それだけの美貌を持っているということだ。立ち振る舞いは女性のものだし、制服の上からも分かるスタイルは性的な魅力を放っている。


「いや恋花れんか先輩、いきなり言われても困るッスよ。手続きだって全然してないのに……」


「それはすべて私が受け持つ! だから頼むよ後輩! 私と一緒に、パートナーとして出場してほしいんだ!」


「……」


 必死に冷静を装いながら、俺は困り果てるしかなかった。

 三年生である恋花は、これからある競技に出場したいのだという。が、それには強い魔術師が必要だそうだ。平均的な学生では力不足のため、俺に白羽の矢が立ったわけである。


「今から学園の地下へ潜って、ちょっと暴れるだけでいいんだ。君と私なら、出場資格は簡単にもぎ取れる!」


「いや、だから――」


「この通りだ! 君以外、候補がいないんだよ!」


 深々と頭を下げる恋花。彼女の珍しい行動に、周囲の生徒達からは視線が集まっている。

 ――正直、俺だって悩みどころではあった。

 恋化が出場しようとしている競技は、魔術師にとって名誉なものだ。実際、ウチのご先祖だって何人も優秀な成績を収めている。学生の一般的な考えなら、二つ返事で頷くだろう。


 だが、拘束時間は多い。

 それが引っ掛かる。必然的に、大切な幼馴染と一緒の時間が減ってしまう。

 せっかく、自分の気持ちと向き合い始めたのだ。スタートダッシュは肝心だろうし、ここで横槍を入れられるのは好ましくない。

 問題は、どうやって恋化を断るかで――


「あれ? 先輩どうしたの?」


 いたずらが好きそうな、幼さを感じさせる声に振り返る。

 新崎にいざき紫音しおん。学校でも飛びっきりの美少女は、小動物のように首を傾げてから近付いてくる。


 周囲の視線は更に沸き立つ。

 紫音が転校して数日。その美貌と愛らしさの出現は、学年を上から下まで揺るがす大事件だった。新聞部なんて特集を組む始末。古い付き合いがある俺も、数日は質問攻めを経験した。


「? ねえねえ先輩、この人は?」


「三年生の恋花先輩だよ。噂ぐらいは聞いたことあるだろ?」


「ああっ、この学園で一番綺麗な人だって聞いたよ! ――ま、先輩にとって一番綺麗なのはアタシだでしょうけど?」


「お、おい」


 表情を一変させ、紫音は恋化を睨んでいる。

 なまじ美人なだけ、その鋭さは折り紙つきだった。つーか何ライバル意識もってんだよ。近くで見てるこっちは怖くて怖くて仕方ないぞ。


 しかし反対に、俺への負担は増していく。

 そう、こちらに注目している生徒達だ。紫音はもちろん、恋花だって十分な美人である。

 大人びた容姿と、男勝りの凛々しさ。

 紫音とは正反対の美女といえる。正面から向かい合ってることもあり、特徴は余計にはっきりしていた。――もし左右に彼女達を侍らせているなら、両手に花、と例えるのがピッタリだろう。


 で。

 周囲には、俺がそれをやっているように見えるわけだ。

 突き刺さるような眼光には殺意さえある。特に男子生徒。冗談抜きで、人気の少ない場所へ行きたくないと思うぐらいだ。


「??」


 一方、恋花は紫音の挑発も、周りの変化にも気付いていない。あまり色恋沙汰には興味が無いからだろう。


「――なるほど、彼女は噂のガールフレンドだな?」


「はあ!?」


「隠さなくていいぞ。私は恋愛について詳しくないが……うむ、お似合いじゃないか」


 詳しくないならお似合いか判断できないと思うんですが、それは。

 そんな内心の疑問を余所に、うんうん、と恋化は納得している。――紫音の方に横目を向ければ、彼女も唖然として動かない。

 ややあって、


「そう見えますか!?」


「ああ、とても自然体に見えるぞ。お幸せにな!」


「あ、ありがとうございますっ!」


 恋化と握手を交わし、千切れんばかりの勢いで振る紫音。

 かくして。

 一年生と三年生は、あっさり分かりあえたのでした。



――――――――――



 なんだかんだと、寮までは三人で一緒に行くことになった。


「恋花さんは、先輩を何に誘いたいの?」


神闘祭しんとうさい、という魔術の腕を競うお祭りだよ。学生は本来出場できないんだが、条件を満たした場合のみ例外が認められていてね。私と誠人なら行けると思ったんだ」


「ふうん……じゃあ出てあげようよ、先輩! どうせ暇でしょ?」


 実にあっさりした、当の原因からの許可。

 もちろん、同意するかどうかは別だ。紫音が自分の立場をどれだけ理解しているか、という問題もある。可能な範囲で、俺がしっかりするべきだ。


「ていうか、アタシも出たい!」


「――は?」


「確か神闘祭って、三人以上の団体枠もあるでしょ? 皆で一緒に出ようよ」


「い、いやお前、出るったって……」


 開いた口が塞がらない。

 つい一週間前、彼女はある事件の中心人物だった。お陰で今も、魔術都市からはマークされている。

 大勢の人が関わる場所に出るのは――まあ、避けた方が無難だろう。いらぬ疑いをかけられ、それが新しい危険を招く可能性もある。


 一方で、紫音の目は本気だった。

 いや、危機感が欠片も無い、と言うべきだろう。神闘祭に憧れでもあるのか、子供のように目を輝かせている。


「一緒に出られれば、先輩の活躍するところを特等席で見られるってことでしょ!? 最高だよね!」


「で、でもな紫音、もう少し自分の――」


「というわけで恋花さん、アタシと先輩が手伝います!」


 なとど。

 俺の意見は綺麗サッパリ無視して、二人の美少女は熱い握手を交わしていた。恋花もああ見えてズボラなのか、俺の様子をうかがったりはしない。


「感謝する! では30分後、地下の入り口に来てくれ。魔獣と戦うからな、動きやすい格好で来るんだぞ」


「え、あのセンパ――」


 呼び止める暇もなく、スキップしながら恋化は去っていった。

 紫音も同じく、上機嫌で寮へと向かう。勝手な決定に苛立ちを隠せない俺とは、正反対の表情だった。

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