第二部 始
「なあ、頼むよ誠人!」
一日の終わり。校舎から出た俺を迎えたのは、黒い短髪の少女だった。
いや、一目見ると彼女が少女であることは気付きにくい。
鋭い目つき、やや低い声。ばっさりと切り落とした短髪には洒落っ気も何もなくて、スポーツに勤しむ少年を思わせる。
しかし半面、それだけの美貌を持っているということだ。立ち振る舞いは女性のものだし、制服の上からも分かるスタイルは性的な魅力を放っている。
「いや恋花先輩、いきなり言われても困るッスよ。手続きだって全然してないのに……」
「それはすべて私が受け持つ! だから頼むよ後輩! 私と一緒に、パートナーとして出場してほしいんだ!」
「……」
必死に冷静を装いながら、俺は困り果てるしかなかった。
三年生である恋花は、これからある競技に出場したいのだという。が、それには強い魔術師が必要だそうだ。平均的な学生では力不足のため、俺に白羽の矢が立ったわけである。
「今から学園の地下へ潜って、ちょっと暴れるだけでいいんだ。君と私なら、出場資格は簡単にもぎ取れる!」
「いや、だから――」
「この通りだ! 君以外、候補がいないんだよ!」
深々と頭を下げる恋花。彼女の珍しい行動に、周囲の生徒達からは視線が集まっている。
――正直、俺だって悩みどころではあった。
恋化が出場しようとしている競技は、魔術師にとって名誉なものだ。実際、ウチのご先祖だって何人も優秀な成績を収めている。学生の一般的な考えなら、二つ返事で頷くだろう。
だが、拘束時間は多い。
それが引っ掛かる。必然的に、大切な幼馴染と一緒の時間が減ってしまう。
せっかく、自分の気持ちと向き合い始めたのだ。スタートダッシュは肝心だろうし、ここで横槍を入れられるのは好ましくない。
問題は、どうやって恋化を断るかで――
「あれ? 先輩どうしたの?」
いたずらが好きそうな、幼さを感じさせる声に振り返る。
新崎紫音。学校でも飛びっきりの美少女は、小動物のように首を傾げてから近付いてくる。
周囲の視線は更に沸き立つ。
紫音が転校して数日。その美貌と愛らしさの出現は、学年を上から下まで揺るがす大事件だった。新聞部なんて特集を組む始末。古い付き合いがある俺も、数日は質問攻めを経験した。
「? ねえねえ先輩、この人は?」
「三年生の恋花先輩だよ。噂ぐらいは聞いたことあるだろ?」
「ああっ、この学園で一番綺麗な人だって聞いたよ! ――ま、先輩にとって一番綺麗なのはアタシだでしょうけど?」
「お、おい」
表情を一変させ、紫音は恋化を睨んでいる。
なまじ美人なだけ、その鋭さは折り紙つきだった。つーか何ライバル意識もってんだよ。近くで見てるこっちは怖くて怖くて仕方ないぞ。
しかし反対に、俺への負担は増していく。
そう、こちらに注目している生徒達だ。紫音はもちろん、恋花だって十分な美人である。
大人びた容姿と、男勝りの凛々しさ。
紫音とは正反対の美女といえる。正面から向かい合ってることもあり、特徴は余計にはっきりしていた。――もし左右に彼女達を侍らせているなら、両手に花、と例えるのがピッタリだろう。
で。
周囲には、俺がそれをやっているように見えるわけだ。
突き刺さるような眼光には殺意さえある。特に男子生徒。冗談抜きで、人気の少ない場所へ行きたくないと思うぐらいだ。
「??」
一方、恋花は紫音の挑発も、周りの変化にも気付いていない。あまり色恋沙汰には興味が無いからだろう。
「――なるほど、彼女は噂のガールフレンドだな?」
「はあ!?」
「隠さなくていいぞ。私は恋愛について詳しくないが……うむ、お似合いじゃないか」
詳しくないならお似合いか判断できないと思うんですが、それは。
そんな内心の疑問を余所に、うんうん、と恋化は納得している。――紫音の方に横目を向ければ、彼女も唖然として動かない。
ややあって、
「そう見えますか!?」
「ああ、とても自然体に見えるぞ。お幸せにな!」
「あ、ありがとうございますっ!」
恋化と握手を交わし、千切れんばかりの勢いで振る紫音。
かくして。
一年生と三年生は、あっさり分かりあえたのでした。
――――――――――
なんだかんだと、寮までは三人で一緒に行くことになった。
「恋花さんは、先輩を何に誘いたいの?」
「神闘祭、という魔術の腕を競うお祭りだよ。学生は本来出場できないんだが、条件を満たした場合のみ例外が認められていてね。私と誠人なら行けると思ったんだ」
「ふうん……じゃあ出てあげようよ、先輩! どうせ暇でしょ?」
実にあっさりした、当の原因からの許可。
もちろん、同意するかどうかは別だ。紫音が自分の立場をどれだけ理解しているか、という問題もある。可能な範囲で、俺がしっかりするべきだ。
「ていうか、アタシも出たい!」
「――は?」
「確か神闘祭って、三人以上の団体枠もあるでしょ? 皆で一緒に出ようよ」
「い、いやお前、出るったって……」
開いた口が塞がらない。
つい一週間前、彼女はある事件の中心人物だった。お陰で今も、魔術都市からはマークされている。
大勢の人が関わる場所に出るのは――まあ、避けた方が無難だろう。いらぬ疑いをかけられ、それが新しい危険を招く可能性もある。
一方で、紫音の目は本気だった。
いや、危機感が欠片も無い、と言うべきだろう。神闘祭に憧れでもあるのか、子供のように目を輝かせている。
「一緒に出られれば、先輩の活躍するところを特等席で見られるってことでしょ!? 最高だよね!」
「で、でもな紫音、もう少し自分の――」
「というわけで恋花さん、アタシと先輩が手伝います!」
なとど。
俺の意見は綺麗サッパリ無視して、二人の美少女は熱い握手を交わしていた。恋花もああ見えてズボラなのか、俺の様子をうかがったりはしない。
「感謝する! では30分後、地下の入り口に来てくれ。魔獣と戦うからな、動きやすい格好で来るんだぞ」
「え、あのセンパ――」
呼び止める暇もなく、スキップしながら恋化は去っていった。
紫音も同じく、上機嫌で寮へと向かう。勝手な決定に苛立ちを隠せない俺とは、正反対の表情だった。




