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第一部 終

「ほらっ!」


『がっ……!』


 袈裟の一撃が、入ってしまった。

 魔力が有り余っているお陰か、傷は一瞬で再生を開始する。が、体力を回復させるほどの効果はない。

 俺は、片膝を上げることすら出来ずにいた。


「ふう、こんなもんか。ま、良くやった方だと思うよ?」


『――』


 返事をする余裕さえない。

 俺は必死に意識を留めながら、処刑台の刃を見上げる。

 直後。


「だあああぁぁぁあああ!!」


 この場にいる全員が予期しなかったであろう、第三者の声。

 日暮だった。

 魔の霧に飲まれながらも、機殻箒に乗って突撃してくる……!


「ぐっ!?」


 重く響く、金属質の快音。

 かなりの衝撃だったようで、4号は森の奥まで吹っ飛ばされている。日暮が乗ってきた機殻箒も、先端が大きく拉げていた。


『だ、大丈夫ッスか……!?』


「――」


 返事はない。

 どうやら魔力酔いにやられたようだ。最高のタイミングで助けに来たのに、情けないったらありゃしない。


「よくも……!」


『っ!』


 ノイズが混じった4号の音声。が、混じって欲しくない音まで、彼女の付近で起こっている。

 大型の機竜が、動き始めたのだ。

 木々を踏み倒し、以前よりも素早い動きで俺の元に近寄ってくる。当然、対処することなど不可能だった。


『ぐ、あ……』


 踏み潰す。

 骨が音を立てて折れた。全身に激痛が走り、しかし命までは消えていない。


「ハッ、まさか機殻箒で突っ込んでくるとはね……面白かったけど、これで終わり。じっくり殺してあげるよ」


『――っ』


 頭は痛みだけで染まっていく。脱出する方法も、反撃する方法も残っていない。

 だからだろうか。

 地面が突然崩落した時には、驚くしかなかった。


「な、なに!?」


 俺だけではなく、4号も目を見開いている。

 数メートルの自由落下を得た後、俺の目に映ったのは数々の神霊石だった。どれもこの瞬間にさえ成長しており、地上の影響を予感させる。

 ――これしかない。

 一か八か。更に濃度が上がった魔力の中で、俺は竜砲を用意する。


「しょ、正気!? 魔力酔いの状態で竜砲なんて――」


『ほっとけ!』


 振り絞った声は、決意の表れ。

 姿勢を固定し、最大火力を叩き込む……!

 しかし当然の帰結が待っていた。竜砲は解術装甲に触れた途端、真っ先に無へ帰していく。俺の悪あがきを見た、4号の高笑いが耳障りだ。

 消してやる。

 この一撃、何が何でも通してやる――!


「っ!?」


 執念は届いた。

 機竜の解術装甲ゴルディアスが、爆発したのだ。


「ま、まさか……」


『そのまさかだよ! 処理速度の限界がどうたら、って言ってたろ!?』


 もう一度魔力を吸う。

 さっきのは小手調べ。次は自爆覚悟で、二倍の魔力を押し通す。

 焦る4号。反撃に移る機竜。

 先制権は譲らない。

 周囲の神霊石ごと砕く一撃が、二つの敵影を消し飛ばした。



―――――――――



 目を覚ますと、見慣れたようで慣れていない天井が映っている。

 はて、自分は何をしていたんだろうか? いまいち記憶がはっきりしない。確か湊が魔力酔いで倒れて、紫音を助けに行こうとして――


「紫音!?」


 俺はベッドから飛び起きる。

 一目見て、ここが寮の部屋だと理解した。が、肝心な相方の姿がない。まさかあの後、誰かに攫われたんじゃ……!?

 全身に倦怠感は残っている。走るというより身体を引きずるように、俺は部屋の外へ出た。


「あれ?」


 一歩廊下に踏み出した途端、その勢いは消えてしまったが。


「っ、紫音! お、お前大丈夫か? ていうか俺の知ってる紫音か!?」


「おー、やっと起きたね。具体はどう?」


「あ、ああ、この通り大丈夫だよ」


「……」


 本当? と疑いの目を向ける紫音。

 論より証拠と思ったんだろう。彼女は俺の肩を、おもいっきり突き飛ばした。

 当然、俺はあっさりと尻餅をつく。激戦の疲れはまだまだ残っていて、身体の機能はまだ回復し切っていないようだ。


「ほら、言わんこっちゃないね」


「し、仕方ないだろ、病み上がりだぞ! ……ていうか俺、何日寝てたんだ?」


「えっと、三日かな? 余計に身体鈍ってるんじゃない?」


 どうだろう。立ち上がって軽いストレッチをしてみるが、これだけじゃどこまで弱ったか分からない。

 まあ大部分は魔力の過剰摂取、つまり魔力酔いの名残だ。気分の悪さはすっかり消えているので、改善に向かっているのは間違いないだろうけど。

 ……本当、我ながら無茶をした。

 そもそも処理容量を超える魔力ってなんだ? 自分でやっておきながら、その強引ぶりに呆れたくなる。勝つ方法が他になかったと言えばそれまでだけど。


「――で、お前の身体はどうなんだ? 湊さん達は?」


「コントロールしてた4号がノックアウトされたから、今は問題ないよ。母さんも無事。経過観察が必要らしいから、まだ病院の中だけどね」


「そうか……あ、4号はどこにいるんだ? 機竜は?」


「あの子は捕まってる。機竜の方は搭載してる神霊石を取り出されて、今は統括局が管理してるよ。未知の技術だから調べるとかなんとか」


「なるほど……」


 俺達と戦うことを想定して、なんて勘繰りは止すべきだろうか?

 いや、また機竜とは戦うんだろう。今回の件で、機甲都市の怒りを買うことにはなった筈だ。下手をすれば統括局や『外』の連中だって同じかもしれない。

 ベッドで横になっている暇があるなら、もっと強くならないと。

 強くなって、それで――


「先輩の方こそ、大丈夫?」


「へ?」


「いや、お兄さんのこと……」


 聞いちゃいけないと考えているのか、紫音は目を伏せている。まったく、これじゃあどっちが加害者なのか分かったもんじゃない。


「大丈夫だ。自分のやったことなんだから、今後は背負ってくしかないだろ。統括局とかに色々言われそうだが、それだってどうにかするさ」


「……アタシは応援するぐらいしか出来ないけど、いい?」


「もちろん」


 むしろ、心強いぐらいだ。

 待っていてくれる人がいる、信じてくれる人がいる。親子の絆を裂こうとした俺を、まだ温かい目で支えてくれる。

 それは本当に贅沢だと思う。……彼女が俺を兄妹だと知って、有り得ない感情を向けてくれていることも。

 アンドロイドだとか、そんなのは関係ない。紫音は、俺にとって生きている存在だ。生きているなら、少しは我儘になってくれなきゃ面白くない。


「――良かった」


 何が、かを示さないまま、紫音は肩の力を抜いていた。

 なので。


「ねえ先輩、一つ聞きたいんだけど」


 頬をほんのりと赤くした紫音は、上目遣いで俺に近付いてくる。

 お互いの息と息がかかる距離。緊張するこっちとは反対に、紫音は余裕を保っていた。


「先輩、好きな人がいるんだってねえ?」


「っ!?」


「アタシ、知りたいなー。恋のライバルが出現したとあっちゃ、幼馴染で後輩系ヒロインの立場が危ないじゃん?」


「じ、自分で言うな! 自分で!」


「まあまあ。――で? で?」


 ズイッ、と彼女は詰め寄ってくる。

 くそ、話したのは母さんか? いや、母さん通じで湊さんか? とりあえずどっちも恨めばいいか。


「ねえねえ、白状しなよ先輩っ」


「ぐぐ」


 無言でやり過ごしたいところだが、逃げ場はない。後ろだって俺達の部屋があるだけだ。

 しかし案外と、先に痺れを切らしたのは紫音で。


「ま、いいや。アタシが先輩を愛してるのは変わらないしね!」


「お、おう、そうか。じゃあ俺は部屋に――」


 踵を返した、直後。


「先輩っ」


 呼ばれたので振り返る。

 しかし聞こえたのは、話すための音ではなくて。


「ん……」


「――」


 頬に残る、温かい感触。

 何が起こったのか理解した途端、頭が爆発したような感じだった。


「……へ?」


「うふふ、お姫さまからのキスだよ? 今回はしっかり助けてもらったし、お礼に……ね?」


 唖然として言い返せない俺の前で、紫音は妖艶な笑みを浮かべていた。

 いつも年下の女だと思っていたのに、なんだか今だけは年齢を追い越されたような。――大人びた色気をまとった彼女は、それこそ本当にサキュバスだったろう。


「じゃあ先輩、ご飯取ってくるね。お腹すいたでしょ?」


「あ、ああ」


「早く元気になってね? アタシのヒーローさん」


 彼女は手を振って、軽い足取りで廊下を走っていく。

 残された俺は、小さくなる背中にいつまでも手を振っていた。頬に残る唇の感触は、もう少し今の気分に浸りたいと言っている。


「――はは」


 しばらくして、自然と笑いたくなった。

 多分、気持ちは通じているんだろう。とすれば、後は覚悟の問題だ。これまでが楽しかったんだから、前に進んだってきっと楽しいんだし。

 いつまでも昔のままではいられない。過去は乗り越えなくてはならない。

 痛みは、色々あったかもしれないけど。


「さ、また今日から頑張っかね」


 せめて強く、格好よく。

 自分自身を恥じないよう、彼女と共に歩んでいこう。

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