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駅で降りた先は、一日前の光景と様変わりしていた。
物々しい。何人もの魔術師が集まり、厳しい眼光で敵の潜伏先を睨んでいる。
――もっとも。彼らは自分で、どこを見ているかすら分からないだろう。
紫音から報告を受けた通り、辺りは濃い霧で覆われている。すべて魔力だ。ここまで視覚化された状態は、過去に一度でもあったかどうか。
「すごいな……」
これだと、中を移動するだけでも負担になる。前回に比べて危険度は二倍、三倍にも増しているだろう。
一般的な魔術師がこの中を移動するなら、機殻箒でも使って一気に抜けるしかあるまい。捜索を行う、なんて長時間の滞在は不可能だ。
とはいえ良いこともある。竜明との戦いで底を突きかけた魔力が、ほぼ回復しているのだ。
魔力酔いが発生しやすい状態でもあるが、突入する時点でリスクは避けられない。
「では、宜しく頼む」
後ろには数名の部下を従える、現場の責任者らしき統括局の男。
彼らとの契約は簡単だ。神霊石を確保した場合、自由の身にするというもの。紫音についても。少しはこちらの要求を飲んでくれるらしい。
局の目的は、あくまでも魔科学の実績を残すことだ。4号とは異なり、紫音を兵器として使う意識は弱いんだろう。
頷いて、俺は竜の姿へと変化する。
迷うことなく霧に突っ込むと、異変は間をおかず伝わってきた。全身が鉛をつけたように重くなり、翼を動かすだけでも億劫になる。
『30分もいれりゃあ奇跡だな、これ……』
加えて、敵の居場所も探らなければならない。
まああの機竜がいるんだ。隠れられる場所は限られているだろうし、紫音の発言からそう遠くはない筈。
『――ん?』
いた。
前回戦った洞窟の付近。深い森の中に、隠しきれない陰影が映っている。
「げっ」
そこに並んでいる、同じ顔の二人。
見間違える理由はどこにもなかった。辺りは一段と魔力も濃いが、そんなことも構わず着地する。
「うわぁ、マジで来ちゃうんだ。こっちはガス欠だってのに、逃げるまで待ってくれてもいいんじゃない?」
『それが出来ないから来てるんだよ。――それに機竜が動けないとくれば、チャンスだろうが』
「アタシが動けるのに?」
宣言と同時に、4号の腕が変化する。
右腕の関節から下が、片刃の剣に変形した。
「これと魔弾がアタシの武器。あ、当然だけと、刀身には解術装甲と同じ物使ってるからね」
『……最悪だな』
「でしょ? ――ま、ウチの子も処理容量ギリギリで頑張ってるからさ。それまで――」
4号の腰が低くなる。魔力の中に殺意が混じり、戦闘の空気へと切り替わる。
呼吸すら聞こえず、静寂だけが満ちていった。
「アタシが遊んであげるよ、お兄さん……!」
瞬発する4号。
人間とは思えない早さで、二人の乖離がゼロになる。
一気に展開される魔弾。――ショッピングモールで、竜明の支援をしていた時とは比べ物にならない。森を巨大な傘で覆うような、自身や紫音も巻き込みかねない一撃。
光の瀑布が、黒竜めがけて殺到した。
『っ……!』
俺が取れる対策は動くことだけ。近い順に魔弾のコースを読み、的確に回避していく。
何発かは直撃してしまうが、怯まないことだけを意識に置いた。致命傷さえ受けなければ、あとはいくらでも立て直せる……!
「あはは、凄い凄い! やっぱりドラゴンって普通じゃないんだね!」
『羨ましくたってやんねえぞ……!』
「こっちから願い下げだよ。アタシ、機械の身体って好きだしね!」
敵は、雨の中を縫うように。
あらゆる魔を断つ刃を、断頭のために振り下ろす。
『っ!』
寸前で回避は成立した。刃は確かに甲殻を貫通し、俺の頬に傷を作っている。
とはいえ至近距離、反撃の機会。身体能力では引けを取らないのだから、十分に勝機は残っている。
魔力酔いがなければ、の話だが。
「ほらほら、どうしたの!? さっきは威勢よかったのにさあ!!」
『この……っ』
症状の悪化に歯止めはない。視界が霞み、手足の感覚さえ麻痺していく。釘で打たれているような頭痛まで一緒だ。
それでも引かない。
ただ一撃。打ち込めるチャンスがあれば、それで決着をつけてやる。
『っ、く――』
踏み込む4号。対し、俺は後退するしかない。
高速で繰り返されていた攻防は、いつか俺の防戦一方となっている。普段なら突ける筈の隙さえ、完全に見過ごしてしまっていた。
やられる。




