3
俺は一瞬だけ言葉を失って、冷や汗を流しながら反論する。
「ま、待て待て待て! どうしてお前のを使う必要があるんだ!? 4号とか、連れてる機竜でも問題ないだろ!?」
《無理だよ、先輩も見たでしょ? あの子達には自爆装置がある。神霊石を奪おうものなら、自分の身体こと消し飛ばすよ》
「だ、だからってな……別の神霊石を探すべきだろ? 取り外したらお前、動けなくなるんじゃないかのか?」
《うん。人間でいえば、心臓を外すようなものだしね》
「――死ぬってことか?」
返答はない。
さもありなん。希望が持てる仕組みなら、紫音は間違いなく大丈夫だと返しただろう。
彼女の提案を飲めば、後がない。
《ごめんなさい、先輩。――でもアタシ、母さんのこと見捨てたくないの。アタシが迷惑かけちゃったんだから、自分の手で助けたい》
「……だったらせめて、俺が助けに行くまで待ってろ。今どこにいるんだ?」
《まだ魔術都市の中。昨日、先輩がお仕事したところだよ》
しめた、飛んでいけば10分もかからない。
俺は差し込んだ光明に握り拳を作るも、紫音の方は沈んだ雰囲気のままだった。
《今は近付けないと思うよ。魔力の濃度が凄いことになってるから》
「なに……?」
《なんかもう、霧みたいなのが漂ってる状態でさ。アタシも呼吸するだけで辛いって言うか、全身が重くなるというか……》
「相当ヤバいぞ、それ……」
過去の記録では、致死量だと記録されている。
もちろん、一般的な魔術師の話だ。俺なら少しは大丈夫――かもしれない。耐えられたって数分が限度だろうけど。
しかし、行動は許される。
だったらやれるだけやるのが、後悔しない生き方だ。
《いいって、先輩は無理しないで。外にたくさん魔術師が集まってるみたいだし、そこに向かって神霊石を投げるから》
「馬鹿言うな。俺が助けに行くから、待ってろ」
《駄目、来ちゃ駄目だよ先輩。……それに、これはアタシの我儘なんだから。先輩まで付き合わなくていい》
「……」
母親の湊を助ける。力強い抑揚からは、その他の意思がすべて排除されていた。
仮に直ぐ助けに行けたとしても、紫音の行動を止めることは出来ないだろう。何が何でも彼女に生きていて欲しいなら、この場で説得するしかない。
脳裏に過ったのは、あまりにも残酷な言葉だった。
言うべきでは無いだなんて、ちょっと考えれば理解する。親子の絆を嘲笑うものでしかない。俺の我儘が作った、本当にひどい指摘だ。
でも結局、他の方法は出てこなくて。
「……なあ紫音、お前と湊さんは――」
《知ってるよ》
静かなまま。
俺の悪あがきは、無駄に終わった。
《でも母さんだって言ってたでしょ? 血の繋がりは関係ないって。――だからアタシも、血の繋がりなんて関係なしにあの人を助ける。赤の他人で、大切な人を助ける》
「――じゃあ、待ってろ」
《え?》
「いいか? 俺が直ぐに行く! だからそれまで待ってろ! 4号も機竜も、まとめて表に引き摺り出せばいいんだろ!?」
《で、でも》
「黙って甘えとけ! 妹だろ!」
《――》
こちらは知らなかったのか、あるいは剣幕に押されただけなのか。紫音は黙ったままで、彼女が入ってきている感覚も消えていた。
「あの子ですか?」
「え? あ、ああ、一応」
「そうですか……ふふ、いきなり怒鳴るものですから驚きましたよ?」
「わ、悪い」
クスクスと母は笑い、部屋の隅にある受話器を手に取る。
果たしてどこに連絡を取っているんだろうか? 俺の位置からは、真剣そうな横顔しか確かめられない。
怒鳴ることも、大声を上げることもなく、彼女の電話は数分で終わった。
「どこに連絡したんだ? 母さん」
「看守さんのところです。貴方を出してもらえるよう、取り計らって頂こうと思って」
一体、どこで心を読まれたのか。
優しく微笑む母親は、ただ一言。
「気をつけて、行ってらっしゃい」
平和な朝のように、見送りの言葉で背中を押す。