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『兄貴……』
『た、助けて、くれ。たす、タスケ――』
て、と続く筈の言葉は、大音量の咆哮によって掻き消される。
二か所の重傷を背負いながらも、ドラゴンは俺から目を逸らさなかった。放つのは憎悪だけ。野生的な生存本能で、黒い竜を睨んでいる。
「むー、酷いこと言うなあ。せっかく一緒の身体にしてあげたのに、助けてー、なんて」
『4号……!』
「はいはーい、こんにちわ。2号のことを迎えにきました」
俺は即座に矛先を変えた。
が、竜明だった生き物は許さない。俺と4号の間に立ち塞がり、唸り声を上げている。
「じゃ、後はよろしくね。あ、その失敗作は放置してもいいよ。時間が経てば死ぬだろうから」
『お、おい待て! どうして統括局を襲った!? 外の連中とお前ら、別に敵ってわけでもないだろう!?』
「変なこと聞くんだなあ……単に利害が一致しなくなっただけだよ? アタシ達は魔術都市を壊滅させたいのに、向こうは嫌だー、って言うんだもん。2号のことまで隠しちゃってさあ」
やれやれだよ、と4号は肩を竦める。
「まったく、君の所為だからね? 本当は調節してから魔術都市に送りこむつもりだったのに……ま、今は順調に動いてるみたいだから問題ないけどさ」
「お前……!」
「じゃ、今度こそバイバーイ」
彼女は名残惜しむこともなく広間を後にした。残されたのは俺と兄、外から聞こえる町の喧騒だけ。
――交差する敵意には、不思議と憎悪が欠けていた。
竜明は悲嘆にくれ、俺には義務的な殺意がある。
同情なんてかやの外。この男を生かしておくほど俺は柔軟になれないし、そもそも次の一撃は死傷になる。
戦う段階で、どう転ぼうと彼は死ぬ。
本当、つまらない。
ありったけの憎悪と否定を込めて、睨み合うと思っていたのに。
こんなのは戦いではなく、単なる敗残兵の処理ではないか。何て退屈で、手応えのない仕事。これじゃあお互いの感情に釣り合いが取れない。
しかし。
無視できない存在として、竜明はその暴力を振るう。
『っ、アアアァァァアアア!』
力のない絶叫。
死を引き換えにした一撃は、余波だけでビル鉄筋を剥き出しにする。
避けられない。
なら、正面から突っ切るまでだ。
『おおおぉぉぉおおお!!』
外殻が砕ける。魔力で補強、再生する速度よりも早く、竜砲の威力が到達する。
だが怯まない。逃げる選択肢などないのだから、真っ向から突き破るまでだ。
『っ!』
突破する。
目の前には、死に絶えながらも攻撃を止めない竜。
反撃しなければ、俺が死ぬ。
『――!』
右手の爪による袈裟切りは、確かに赤い尾を引いて。
血が繋がった相手との縁ごと、死の世界へと送り届けた。