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「……気になる人は、いる」
「まあ、おめでたいですね。今日はお赤飯――」
かしら、と言おうとして、彼女は唐突に動きを止めた。
黒い瞳は部屋の入り口を見つめている。どうも、新しい住人が入ってきたようだ。
一組の魔術師と一緒に連れてこられたのは、黒い短髪を靡かせる少女。偶然にもウチの学校と同じ制服を着ている。もしかして顔見知りだったりするんだろうか?
――いや、顔見知りどころじゃ済まない。
「せ、先輩!?」
「紫音!?」
あらまあ、と生みの親は嬉しそう。
いやいや喜ぶな。ここに連れてこられるってことは、常識的に考えれば不名誉だぞ。実力に箔を押された、と豪語するのは一部の例外だけだ。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!?」
「それはこっちの台詞だってば! あ、おばさん、おはようございます!」
「――はい、おはようございます」
何か、含むところがある返答だった。
紫音が気付いた様子はなく、彼女はただ申し訳なさそうな表情で近付いてくる。
「で、どうしているんだよ?」
「えっと、無実を証明させるため、しばらくここで厄介になりに……」
「やっぱりか……」
湊と買い物に行く、は嘘の方便だったと思われる。
まあ不利益ばかりじゃない。これで4号が行動を起こせば、統括局に捕らえられている紫音の疑いは晴れる。下手に抵抗するよりはよっぽど賢い判断だろう。
「うう、先輩、怒ってる?」
「怒ってはいない。ただ面白くなかっただけだ」
「そ、それは怒ってるって言わないかな!? ……ごめんなさい」
「いいって」
区切りのいいところだし、俺は席を立つことにした。
入り口に踵を返せば、二組の視線が同時に向けられる。
「先輩、行っちゃうのの?」
「必要なことは話したからな。……じゃ、母さん、また今度。しばらくは出来る限り会いに行く」
「無理はしなくて構いませんからね? この施設、環境自体は良いものですから」
「あんま好きになり過ぎないようにな」
じゃ、と最後に手を振って、彼女達の前から去る。
部屋を出ると、やはり監視役の魔術師が待っていた。荷物のチェックを受け終わるまでは、ここから移動することは出来ない。
閉まった扉の向こうに視線を送る。
紫音が直ぐに戻ってくることを、今は祈るばかりだった。




