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「じゃ、黒ね。将来のために、じっくりと吟味してくるから!」


「誰だ、誰がお前の羞恥心を奪ったんだ……」


「やだなあ、さっきみたいに例外はあるし、先輩相手じゃないと話さないよ? っていうか周りの皆だって、アタシ達の会話聞いてないって」


「いやいやいや」


 念のため見回してみるが、裏付けるような証拠はない。

 やっぱり聞いてるんじゃなかろうか――そう思っていると、紫音がトレイを手に立ち上がる。


「じゃあアタシは先に戻ってるね。お出かけする準備しなきゃいけないし」


「……分かった。親子水入らず、楽しんでこい」


「うんっ」


 俺も食事が終わったので、勢いよく立ち上がる。

 離れまいと、子犬のようについてくる紫音。

 彼女がいない時間をどう過ごすか――これ、意外と難しいかもしれない。



―――――――――



 部屋で紫音を見送った俺は、手持無沙汰でベッドに座る。

 さて、本当にどうしよう。流れと勢いで転校したため、物なんてほとんどない状態だ。ゲームはともかく、せめて小説ぐらいじゃ欲しいところ。

 財布を覗くと、千円札が一枚。

 仕方ない、これで適当な本でも買ってくるか。ああいや、学校の図書館が開いていたら、そっちで時間を潰すのも悪くない。


 そうと決まれば行動あるのみ。財布をポケットに突っ込んで、部屋を後にする。

 周りにいる生徒達の様子に、これといって特別なものはない。魔術都市に住んでいるとはいえ10代の学生、日常には外の世界とも大差ないんだろう。


「貴族、ねえ……」


 つい、そんな言葉をぼやいていた。

 魔術都市は貴族の血筋を閉じ込めておくための場所だ。外の世界が円滑に進むよう、日本から隔離された異界である。

 しかし、壁なんて境界は意味を成しているんだろうか?

 こっちの日常も、向こうの日常も変わりはない。人が普通に暮らして、普通に笑いあっている。


「――俺の認識が時代遅れなのか」


 案外と、的を得ている結論かもしれない。

 俺個人の観点では、両親が偏見などなく育ててくれたと思っている。

 だが所詮、俺の観点だ。

 何かを決めた途端、客観性というものは失われる。人の視点は、決して他人には入り込めない。小説に赤、と色の表現がされていた場合、作者と読者でイメージするものは微妙に違うように。

 それは忌避するほどでもない、当たり前のことだ。


「よし」


 本当に思いつきで、俺は予定を変更する。

 きちっと制服に袖を通して、いざ向かうのは学校の外。寮の管理人に一声かけてから、町の中へと繰り出していく。手持ちの金は千円だが、まあ行き帰りならどうにかなるだろう。


 後は、都市を循環している駅に向かう。目指すは魔術都市の中心部。

 俺の母親が、幽閉されている場所だ。

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