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「施設から輸送されたって聞いたけど、こんなところにいたんだ。元気してた?」
「……」
「ちょっと、黙んまりされちゃ困るって。せっかく久々にあったんだし――」
雑談に興じている暇など与えない。魔術師達は敵を囲み、次の瞬間にでも襲い掛かろうとしている。
窮地だというのに、彼女は余裕を崩さなかった。
「ま、いいよ。機竜の実験は終わったし、二号とも顔を会わせられたし。神霊石を回収したかったけど、それはまた今度かなー」
やれやれ、と肩を竦める偽物の周囲。魔力の流れが変化する。
俺だけじゃなく、救援に来た魔術師達にも見えたんだろう。張りつめていた表情は一転、焦りに満ちたものとなった。
「自爆する気か……!? 始導院様、こちらへ!」
「っ、く」
くの字に折れながらも立ち上がった俺を、一人の魔術師が背負ってくれる。
あとは全速力で逃げるだけだった。後ろから誰かが追ってくる気配もない。ついてこれるかどうか心配な紫音も、横に並んで走っている。
数秒後に響く、爆発音。
戦闘の余波もあったのか、洞窟は雪崩れるように崩れていく。魔術師一行は更にスピードを上げ、紫音も魔術師におぶられながらの移動になった。
一瞬だけ交わる視線。
罪悪感を一杯にして、紫音は目を伏せるだけだった。
――――――――――
「――よし、もう体調は戻ったわね」
学生寮の一画。俺に宛がわれる予定の部屋で、湊は胸を撫で下ろしながら言った。
確かに身体の感覚は戻っている。今はベッドの上だが、飛んだり跳ねたりしても大丈夫そうな気がしてきた。……さっきやろうとしたら、正面の保護者に止められたけど。
「さすがに回復が早いわねー。これも始祖魔術のお陰かしら?」
「多分そうじゃないですかね? 父や祖父も、怪我の治りは早かったですし」
「便利な身体だわ、ホント。――ってわけで、私は用済みね」
お馴染の白衣を着たまま、湊は名残惜しまず踵を返す。
部屋を去ろうとした彼女が見たのは、娘の紫音。
湊とは駅で合流したが、洞窟の中で何があったのかは知っている。助けに来た魔術師の一人から聞いたそうだ。
かといって、精神的なショックを受けた様子はない。なにせアレ以降、紫音は頑なに口を閉ざしている。二号、という言葉がどういう意味だったのかさえ、俺達は掴めていない。
お陰で、推測ばかりが先走ってしまう。
「……じゃあ紫音、誠人君をお願いね。もう大丈夫だとは思うけど」
「うん……」
洞窟を出てからずっと同じ態度で、紫音は義理の母を見送った。
こうなると、無言の空気を破ることはなかなか出来ない。尋ねなければならないのは分かっていても、踏み込む勇気は弱いままだ。
傷付けたくない。
どうも、そういう甘いことを俺は考えているらしい。問うべきなのは明らかなのに、不甲斐ないことだ。




