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「お」
いつも通りのタイミングでインターホンが鳴る。
玄関先の様子を映しているモニターに近付くと、気前のよさそうな中年女性が映っていた。
「はい」
『あ、誠人君? 今日もおかず作ったから、開けるわよ?』
「どうぞー!」
映像が切れてから直ぐ、俺は駆け足で玄関へ。
来客の姿よりも先に聞こえたのは、繰り返される電子音だった。ロックを外すためのカードを読み込んでいるんだろう。
ややあって、重く閉ざされたドアが動き出す。
明るい表情で現れたのは、お隣さんの専業主婦。
「はいこれ。誠人君、肉じゃが好きでしょ? ……豚肉じゃなくて悪いんだけど」
「む、ひき肉ですか。でも俺、肉さえ入ってりゃあ大丈夫ですよ! おばさんの料理、自分で作るよりずっと美味しいですし」
「あらあら、褒めてくれちゃって。そういうのは彼女が出来た時に言うもんだよ?」
「夢のまた夢ッスねー、そりゃ」
俺の返事が気に入ったのか、腰に手を当てて笑い出すご近所さん。
と、家を囲んでいる塀の向こう。二名の黒服が、こちらの様子を覗きこんでいる。
「……誠人君も大変だね。あんなのに付きまとわれて」
「まあここで生きていく以上、我慢はしないといけませんから。自立できてる大人でもありませんしね」
「真面目だねえ。子供の頃はやんちゃ坊主だったのに」
「――はは、今も子供ですよ?」
だねえ、と昔馴染みの顔は頷いて、踵を返す。
家の敷地から出た途端、彼女の周りに黒服たちが寄っていった。内容は聞こえないが、きっと会話の内容を詰問しているんだろう。
知人の潔白を証明したい気分だが、残念ながら俺には何もできない。
ドアが俺の意思など関係なく、これまた強引に閉まったからだ。外の景色なんて見てるんじゃない、と叱るように。
「……こちとら問題は起こしてないんだから、少しぐらい信用してくれてもいいだろうによー」
まったく、と最後に付け加えて、俺は冷蔵庫へと向かい始めた。
直後、受話器がけたたましく鳴り響く。
待たせるのも失礼なので、俺は差し入れを机の上に置いて電話の前へ。
喋る内容は、一応考えた方がいいのかもしれない。監視対象のため、内容が傍受されているからだ。お偉いさんの気分を損ねるようなことを言えば、一発アウトである。
「はい」
けれど。
受話口に耳を当てた途端、ブツリと通話の切れる音が聞こえた。
しかし俺は動かない。突然の展開についてこれないのではなく、予定されていたコトだから。
ややあって、
『よし、遮断完了。今日もラブコールさせてもらったよ、誠人君』
紫音の兄の声が、聞こえた。