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養子に出た妹が誘惑してきて、妹だなんて忘れたい  作者: 軌跡
第三章 日常に牙は潜む
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「む……」


 よっぽど知りたいそうで、紫音は俺の肩を揺さ振ってくる。

 はて、どうしたものか。彼女一人だったらともかく、こうも人が多い場所で語るのは抵抗感がある。もちろん犯罪行為を話すわけじゃないし、これは俺自身の問題だが。

 短い思案の後、よし、と俺は前置きを作る。


「別に大した話じゃないぞ? 期待するなよ?」


「え、期待なんてしてないよ? 先輩の女々しい独白を聞くだけなんだし」


「み、身も蓋もないこと言ってくれるな……」


 まあいい。本当、情けない話をするんだし。

 自分で分かっていることもあってか、つい辺りを見回してしまう。……よし、こっちを見てる生徒はいない。さすがにそこまで暇ではないようだ。

 最後に、身体をリラックスさせるための深呼吸。


「記憶を消したいんだよ」


「誰の?」


「兄貴の。サキュバスは人の精神を弄れるって聞いたから、もしかしたらそこだけ消せるんじゃないか、って思ってさ」


「えーっと、嫌いだからいらない、ってこと?」


「……」


 俺はそこで、言葉を詰まらせてしまった。

 嫌い、確かにそうだろう。ヤツと血が繋がっていると考えるだけで頭に来る。だからさっき、出会い頭に殴る、という暴挙に出たのだ。


 でも、少し冷静になれば分かる。

 俺は単に、兄のイメージが崩れていくことに耐えられないのだ。


「ねえ先輩、嫌いなんだったら消す必要なくない? 本気でそう考えるなら、いくらだって無視できるでしょ」


「お前、結構冷たいこと言うんだな……」


「そう? 十分人間らしい反応だと思うけどなー」


 まあ間違いは言っていない。

 本当に邪魔なら、意識から弾くことだって出来る筈だ。自分にとって無価値なんだから、構ってやるだけの理由はない。


 しかし俺にとって、兄は邪魔という価値を持った人間。

 残念なことに、無視するレベルには達していない。


「ひょっとして、お兄さんとの間に複雑な問題でもあるの? 昔はすごく仲良かったでしょ。兄ちゃんがー、兄ちゃんがー、って耳にタコが出来そうなぐらい聞かされたよ?」


「そうだな。――それが問題なんだよ」


「?」


 紫音は小動物のように首を傾げる。

 その仕草が可愛らしくて、俺は自然と告白を続けた。


「俺と兄貴の関係がキクシャクし始めたのは、親父が死んだ頃でな。あの人が持ってた竜化の大部分を、兄貴が受け取る予定だったんだよ」


「……でも、先輩に行ったんだよね?」


「そ、親父の遺言でな。で、当然、兄貴はぶちギレた。罵詈雑言ばりぞうごんを吐いて、俺を殺そうとしやがったんだよ」


「――それで?」


「呆気なく退けたぞ? アイツ、戦いに向いた魔術師じゃなかったからな。でもそれ以降、執拗な嫌がらせとか、俺のところに刺客送り込んできやがってさ」


 あの頃は本当に大変だった。数日間眠れないのがザラだったぐらいだし。

 当時を思い出して、俺は重苦しい息を吐く。

 一方で横にいる紫音は、ますます疑問が深まっているらしい。


「どうしてそれが問題なの? 先輩が勝ったんなら、もう終わりじゃん」


「いやまあ、そうなんだけどな? 心の整理がちょっと……」


「??」


 さすがに察してはくれないか。

 俺は話そうとして、また言葉を詰まらせる。

 ああもう、情けないのは自分でも分かってるだろ。紫音は赤の他人ってわけじゃないんだから、気合を入れて口にするべし。


「……昔の兄貴がさ、どうしても頭を過るんだよ」


「は?」


「だから、アイツと楽しく遊んでた時期がどうしても引っ掛かるんだよ。――子供の頃は間違いなく、憧れの対象だったからな」


「で、でも今、嫌いなんでしょ?」


「おう。でも頭の中で、全部割り切れてるかどうかは別でさ。どうしてこうなったんだ、って疑問に思う自分がいるんだよ。昔のままで良かったのに、って」

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