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「……とりあえず、チラシだけもらっとく。あんま残ってると、お前もお兄さんも立場悪いだろ?」
「まあねー。あ、これから先輩は監視下?」
「おう、家に着くまでずっとさ」
「大変だねえ……」
他人事のように言ってくれるが、紫音も同じ環境下にある。
だからこの話題が出ると、お互いに向ける視線は同情的なものだ。ここから話を続けたって、明るい内容にはならないだろう。
気まずい空気を混ぜながら、俺は紫音に別れを告げる。
「……」
今度こそ校門を潜ると、無数の視線が突き刺さってきた。
向かい側の道路に止められた、一台のワゴン車。
フロントガラスの向こうには、見るからに威圧的な黒服が二人。サングラスまで掛けて、詳しい人相は分からない。
彼らは、俺の監視役。
接触を図るような気配はなく、安全圏からこちらの様子を伺っている。
「――少しぐらい、肩の力抜いてくれりゃあいいんだけどな。こっちまでピリピリしてくるっつーの」
まあ苦情を言ったところで、彼らの耳には届かないが。
俺は浅く嘆息してから、自宅への道をたどり始める。
その間、車は付かず離れずの間合いを維持していた。傍から見れば完全なストーカーである。
しかし、咎める者は一人もいない。
社会全体の目で見れば、悪者は俺――いや、俺達の方だからだ。一般人の多くは、この図式に安心感を覚えもするだろう。
「はあ」
お陰で、余計に肩が重くなる。
自宅までは十分ほど歩いて到着した。よって彼らの監視もひと段落――の筈だが、後方の視線は鋭くなる一方。可愛げのない連中だ。
「面倒なもんだな、魔術師の家系ってのも」
独り言を零しながら、二階建ての一般住宅に帰宅する。
ドアを閉めた直後、聞こえてきたのは轟音と呼んでいいほどの騒音。日常の一環であるため驚きはしないが、精神的に呆れた気持ちにはなる。
監視どもによって、自宅が完全にロックされた音だからだ。
試しにドアのカギを動かそうとするが、
「――ビクともしねえな」
諦める以外に選択肢はなかった。
俺は一旦自室へ向かい、学校の荷物を下ろす。――部屋の空気を入れ替えたい気分になったが、ロックの影響で窓さえ固定されている。
敵の徹底ぶりに、思わず溜め息が出た。
「って、いかんいかん。落ち込むだけだぞ」
上着だけ脱いで、俺は自室のある二階から一階へと移動する。
手洗いとうがいを済ませた後、日常となりつつあるニュース番組を点けた。
飛び込んできた映像は、町が燃えている悲惨な光景。
『これは100年ほど前、魔術師による革命が起こった際の映像になります。これにより我々が平和を作るようになったわけですね』
『しかし、20年ほど前に転換しますよね、当時からの支配体制は』
『ええ。日本を始め、世界各地で一般の魔術師と、貴族系の魔術師が衝突。その結果として貴族系は敗北し、支配者の座を譲ることになります』
司会役と思わしきキャスター、それと向き合う形で座る専門家。
どうも番組は、魔術師の近代史を扱ったものらしい。社会の裏側から表側へ、彼らが進出してきた時の話。
――大勢の魔術師はともかく、俺個人としては愉快に聞けたもんじゃない。
この軟禁生活みたいな日常は、その20年前が原因だからだ。
「いっか、聞かなくて」
プロパガンダって言えば、その通りだし。
俺はテレビの電源を消して、家の雑用を開始する。朝から放置している食器、もう乾いているであろう洗濯物の取り込み。
母親がいればやってくれるんだろうけど、彼女は生憎と牢屋の中だ。