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最初に連れて行かれたのは、教室ではなく職員室。
「あのねえ、公衆の前面で暴力沙汰起こされたら困るのよ。君とお兄さんの仲が険悪ってことは知ってるけど、やっていいことと悪いことがあるわ」
「そうだよ、先輩!」
「はい、はい……」
親子二人を前に置いて、俺はさっきから俯きっぱなしだ。
紫音の母・湊。もちろん義理の親子だが、仲の良さは折り紙つきだ。
「確かに貴族同士の争いを罰する法律はないわ。けど、常識ってものがあるでしょう? 歳が離れているとはいえ兄弟なんだし、もう少し仲好くして頂戴」
「はい、はい……」
「――誠人君、ちゃんと聞いてる?」
「はい、はい……」
「聞いてないよ、お母さん」
ちっ、バレたか。
それを知った親子の反応は正反対。湊はガックリと肩を落とし、紫音は微笑を浮かべている。
「とにかく、あまり騒ぎを起こさないように。せっかく平和な時代になり始めてるんだもの。貴方だって、皆の都合に振り回されるのは嫌でしょう?」
「――それだって、他人の都合に振り回されてることになりませんかね?」
「ま・こ・と君」
とりあえず頷くことにした。
湊は席を立つと、右側に立っている衝立の向こうへ。残された俺と紫音は、彼女の背中を視線で追うだけだ。
「……先輩って、前にここの学校で生活してたんだっけ?」
「ん? ああ、一年の時に少しな。ちょっと仕事があって、ついでに在学してただけなんだが」
「むむ、危ない仕事?」
「いんや? 危険性はほとんどないやつだぞ。まあ事情があって、俺が連れてこられたんだけど――」
肝心の部分を話そうとしたところで、湊が戻ってきた。
彼女はもう一人、女性の教師を連れている。何のためにいるのかは、推測するまでもないだろう。
「紫音、こちらの先生が貴方の担任ね。私は誠人君の担任。改めてよろしく」
「うす」
「はーい」
二人の教師陣を先頭に、職員室から廊下へと。
一年生の教室は一階、二年生の教室は二階だ。紫音との同行は、あと少しで終わることになる。
「……お前、大丈夫か?」
「へ? 何が?」
「いや、一か月も時間が開いてんだぞ。少しぐらいは混乱してるんじゃないのか?」
「先輩、もしかしてアタシのこと心配してる!?」
「……ひどい言われようだな」
俺の愚痴を余所に、紫音は喜びのあまり踊っていた。
何だか、心配するのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。俺が考えている以上に、新崎紫音という人間は冷静なんだろう。……落ち着いている、とは口が裂けても言えないが。
「大丈夫だよ、先輩っ」
「っ――」
彼女は不意に、俺の腕へと抱きついてくる。




