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「ってことは今の、先輩からのプロポーズ!? やったやった、やったぁ!」
「え、いや、おい……」
「どうしたの先輩? そんな呆れたような顔して」
「いや、別に――」
呆れている間に、竜明は俺の手を振り払った。
足元が定まらない彼の隣へ、さっきの老教師がやってくる。やけに怯えている様子で、何やら必死に心配をかけていた。
「うるさいぞ!」
感情的なまま、竜明は老教師を突き飛ばす。
そのまま彼は校舎の奥に消えていった。手を差し出そうとする教師がいても、意地を張って相手にすることはない。
残された俺は、スッキリしない気分のまま。
「先輩って冷静なタイプだと思ってたんだけど、瞬間湯沸かし器だね」
「……兄貴が例外なだけだ。他のやつだったら、もう少し落ち着いて対処してるぞ」
「えー、ホントに?」
「お、おう」
ふうん、と下から覗き込んでくる紫音。やけに純情な眼差しで、頭の中を見透かされているような感覚がある。
だからか。らしくなく、俺は彼女を視界から外した。
「ふふ……先輩、いたずらがバレて困ってる子供みたい」
「わ、悪かったな!」
「ううん、謝る必要ないよ。可愛くってアタシ得だから!」
屈託のない笑顔。さっきまでの緊迫した空気を溶かすような、甘い甘い笑みだった。
お陰で余計に直視できない。思う存分見惚れている周りの男子学生が羨ましいぐらいだ。
それから直ぐ、迎えの教師が新しくやってくる。
女性だった。白衣を着て、教師と言うよりも学者のような風貌の人。
「――誠人君? 覚悟はいい?」
「げっ」
苦手人物の登場に、俺は反射的に顔を歪める。
一方、紫音の方はというと。
「お、お母さん!?」
実質的には久々になるだろう、親子の再会。
俺と紫音の感情は、それぞれ別の方向に向いていた。




