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ヴィーヴルの南側に、俺達の通う学校は建てられていた。
霧月総合魔術学校。
厳しい手荷物検査を終えて、久々に学校の敷地へと足を踏み入れる。
校門には結構な人だかりが出来ていた。バスと一緒に装甲車が来れば、そりゃあ誰だって驚くだろう。ヴィーヴルの中までは、今の政府も滅多に干渉してこないし。
「えっと、始導院誠人君に、新崎紫音君だね?」
降りてから直ぐ、一人の老教師が出迎えてくれた。
俺と紫音は揃って頷くと、指示に従って教師の後をついていく。
だが。
「そんなゴミを引き連れてどうしたのかな? 誠人」
これ以上ない侮蔑をこめた、威圧的な声。
装甲車という珍しい存在を見に来ていた生徒達は、全員が息を飲んでいる。一色触発の空気を、誰もが感じとっているんだろう。呑気にしているのは紫音だけだ。
俺の前に来たのは、短い黒髪の青年。
父親に似た顔立ちは一見温厚だが、裏に秘めた冷血さは隠せない。……こんな小物の場合は、ヒステリーに陥ってるだけ、と評するべきかもしれないが。
始導院竜明。
すっかり変わってしまった、俺の兄。
「――おい、兄貴」
「うん?」
友好なんて必要ない。兄弟の縁はとっくに切れている。
そもそも。
この人は、頭にくることを口にした。
「3秒やる、訂正しろ。――3」
「なに……? 私が一体、何を訂正しろと言うんだ?」
「2、1」
「おい、答えないか。でなければそこのゴミと一緒に――」
足を弾く。
竜化しての一歩は、足元に窪みを作るほどの力があった。
『ふ……!』
「ごっ――!?」
殴る。
竜明の身体は小石同然に吹っ飛んだ。慌てふためく教師陣。生徒達の方はまったく逆で、感心するような声すらある。
「き、貴様、実の兄に向って……!」
「弱い犬ほどよく吠える」
「なに!?」
竜化を解除しつつ、俺は冷めきった目で竜明を睨む。
――でも正直、そこに敵意が籠っていたかは自信がなかった。逆に確証を持って言えるのは、胸に溜まった兄への同情と後悔だけ。
懐かしい幼年期を思い出しながら、俺は言葉を続けた。
「負け犬は負け犬らしくしてろ。そんな意地もねえのか? アンタは」
「っ、言いたいのはそれだけか!?」
「いや、もう一つあるぞ」
竜明は倒れたまま動かない。鼻から血を流したまま、必死にこちらを睨んでいる。
もちろん、それだって負け犬の遠吠えだ。彼の胸倉を掴んだところで、抵抗されることはない。
「よくも俺の身内に暴言吐きやがったな。折角だからもう一発――」
「えっ、身内!?」
拳を構えた直後に響く、黄色い声。
両手を頬に当てた紫音は、心底うれしそうだった。




