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「いただきます」
一人で暮らしていた頃に比べれば、随分と騒がしい朝。
今日でしばらくお預けになると思うと、寂しがっている自分がいた。
「――そういや、昨日のは何だったんだ?」
「昨日のって、アタシが入ってたカプセルのこと?」
「ああ」
夜のうちに聞こうと思っていたが、結局タイミングを逃してしまった。
口の中をカラにして、紫音は唇に指を添える。――思案しているのが分かる動きだが、ちょっとした色気の方が俺には印象的だった。
赤くて艶のある、柔らかそうな唇。
まるで最初から、紅を塗っているような妖艶さ。幼い容貌には似合わないのに、それが余計に印象を強くする。
「身体を弄られた記憶は、あるような無いような」
「い、弄られた? 誰にだよ?」
「機甲都市」
「っ――」
魔術師にとっては、禁句にも近い単語。
因縁の相手が絡んできたとなれば、俺の意識も自然と切り替わる。
「そりゃ、何かの実験ってことか?」
「分かんないよ、記憶もあやふやだし。でも先月に誘拐されて、今日まで向こうにいたんじゃないかなー、とは思ってるよ?」
「ちょ、ちょっと待て! じゃあそれまで俺が見てた紫音は――」
「偽物のアンドロイドじゃないかな?」
気にした様子もなく、ざっくりと告げる彼女。
反して、俺は薄気味悪い気持ちしか抱けなかった。彼女の誘拐された期間が事実だとして、その間は少しも違和感を抱かなかったのだ。
同時に、不甲斐ないと自分を叱りたくなってくる。何年も付き合いあるんだから、気付けよ。
「……しかし機甲都市ってなると、政府の方も関わってそうだな。連中、裏で手を組んでるって話だし」
「あー、有名だよね、それ! 昔の貴族を機甲都市との密約で叩いたのに、今度は自分達がやってるんだもん」
情報が表に出たら、どうなるんだろう? ま、詭弁しか聞こえないだろうけど。
食事の手を遅くしながら、俺達は重い話題を続けていく。
「でも現政府と機甲都市の関係は、切り離すなんて無理だろうな。魔術が普及したの、連中の協力があったからって噂だし」
「ひょっとして今の政府自体が、機甲都市に操られてたりするのかな?」
「多少は操られてるだろ。何せ、貴族が失墜したのは魔術の普及が原因だからなあ。発端の内乱自体、ある程度演出されたモンだったんじゃねえの?」
「嫌な真相だねえ……」
うん、朝っぱらから話すことではないだろう。
しかし俺も紫音も、話題から生み出される空気を押し退けようとはしなかった。必要なことだと感じて、黙々と箸を進めていく。
「……お兄ちゃんに聞いたけど、今の政府が気に入らないから先輩は戦ってるの?」
「まあな。他にもちょっと、理由はあるんだが――」
「?」
こればっかりは紫音へ話しても仕方ない。気にすんな、と無理やり話を区切る。
意外と素直に納得してくれて、食事の場は無言の色が強くなった。
「――サキュバス、でしょ?」