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「……さて」
いつまでも外にいる気はないし、さっさと部屋に入るとしよう。
マンションは至って普通のタイプだった。最近のオートロックとやらも入っていない。内装が綺麗なので、最近の建物には見えるのだが。
日暮によると、部屋は二階の隅に用意されているらしい。
住民と遭遇しないことを祈りながら、俺は階段を上っていく。
「――」
背中にいる紫音の存在は、徐々に大きくなっていった。
別に重さが気になるわけじゃない。昔馴染みの、年頃の少女と密着していることに俺が緊張しているだけだ。肌の感触だって、ダイレクトに伝わってくるし。
心臓の鼓動は、勝手に早くなっていく。
何となく後ろを振り向くと、幸せそうな顔の紫音が見えた。
「……早く下ろさないと、俺の気がおかしくなりそうだ」
「別にいいんじゃないー?」
唐突な返答。
もう一度振り向いてみれば、目蓋を半分ほど開けた紫音がいる。
「おはよ、先輩。アタシをおんぶしてる気分はどう? 興奮する?」
「こ、興奮ってなあ……っていうか、起きたんなら降りろって。自分の足で歩いた方が楽だろ?」
「やーだ。先輩の背中の方が楽しい!」
「た、楽しい?」
「うん」
満足気に頷く紫音は、ニヤケ顔のまま俺の背中に頬擦りする。
一体何を考えているのやら。まあ、元気だったらそれで充分なんだけど。
俺は二階の廊下に辿り着くと、そのまま右へ。言われた通り、一番奥の部屋を目指す。
「――おい紫音、そろそろ本当に降りてくれ。このままじゃ鍵、差し込みにくい」
「んもう、しょうがないなあ……」
背中から降りる彼女には、溜め息も一緒だった。
さっそく鍵穴に差し込んでみると、直ぐに手応えが帰ってくる。これでやっと一息することが出来そうだ。
見知らぬ部屋だからか、おじゃましまーす、と自然に言葉が口を突く。
これまで誰も利用していないのか、殺風景な玄関が二人を迎えた。ここから見える居間にも物は置かれておらず、電気だってもちろん点いていない。
「ここで今日から先輩と暮らすの?」
「ん? まあ、今日だけだとは思うけどな。詳しい予定は明日、日暮さんから説明があると思うぞ」
「うーん、先輩との愛の巣にしちゃ、ちょっと寂しいなあ。ダブルベッドとか置いてあるのかな?」
「? なんだ、そんなに眠いのかよ?」
「ううん、別に眠たくはないよ。ただ、先輩と添い寝できるのかなー、と思ってさ」
「……」
何で一番最初にそこを考えるんだ?
いやまあ、愛の巣がどうたらと言ってたし、紫音にとっては一番の関心事なんだろう。俺としては無論、耐えられなさそうなのでご遠慮願いたい。
「よし、それじゃあさっそくチェックしよっと。お兄ちゃんが用意したってことは、アタシのことも考えてる筈だし」
「そ、そうだな」
嫌な予感しかしない。
紫音は子供のような気軽さで部屋の奥へ。
俺は洗面所に行って、とにかく顔の汗を流す。彼女を背負っていたお陰で、頭の中がごちゃごちゃしっぱなしだ。
「えー! お兄ちゃんのバカッ!」
などと、奥の方から罵声が聞こえた。