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「へえ、紫音がね」
事情を説明しても、日暮は冷静なままだった。
実は仕込んだんじゃないかと思えてくるが、そのメリットが見当たらない。なので言い争ったって仕方なく、俺は話を続けることにした。
「どんなものが運ばれてたかは、部長も知らないんスか?」
「ああ、連絡を受けただけだからね。信用できる情報源だから、嘘は言ってないと思うけど……」
「ひょっとしていつもの人ッスか?」
「そうだよ。君だって、何度かお世話になったことがあるだろう?」
言われて、相手の人物像が繋がった。確かに彼女なら、嘘を言ったりはしないだろう。
「――とにかく、問題は今後ッスね。俺、連中に顔バレましたし……」
「予定通り、別の学校に引っ越しかな。ああ、正体が露見したことについては、僕の方で対処しておく。心配はいらないよ」
「……胡散臭いけど、頼りにしてます」
ああ、と聞こえる助手席からの声。
家を出た時は揃って後部座席に座っていたが、今は俺だけが後ろに座っている。
理由は単純。一人人数が増えたからだ。
整備されていない道を走る車は、ときおり上下に激しく揺れる。その度、横になっている紫音の身体も揺れていた。
しかし彼女は、それでも目を覚まさない。
何だか完全に落ち着いてしまっている。ときどき可愛らしい寝言も聞こえるぐらいで、起こすのが忍びなく思えた。
「しっかし、どういうことなんスかね。紫音が二人もいるなんて」
「何かの魔術を使った、と考えるのが妥当だろうけど……ひょっとしたら、誰かの罠かもしれないね」
「罠って、どんなッスか?」
「僕に聞かれても困るよ。まあ想像するなら……瓜二つの人物を使って、信用を崩そうとしてるとか?」
「……そりゃあまた、薄気味悪いッスね」
でもあの黒服どもなら、やりそうで困る。
そうなった時を想像して、俺は浅い溜め息を零した。
人を疑うのは得意じゃない。いちいち詮索するのが面倒臭いというか。それは子供の頃からの習慣で、当時の俺は喧嘩っ早いことで有名だったりする。
「ま、とにかく妹のことは頼むよ。あ、いい写真が撮れそうだったら宜しくね!?」
「俺がやったら犯罪に近いと思うんスけど……まあ、本人の許可が取れたらやりますよ」
「ああ、助かるよ! これからしばらくは、妹に会えないだろうしね」
「どっちの?」
こっちのだよ、と肩越しに振り向きながら日暮は言う。まるで、この場にいない紫音を偽物だと決め付けるように。
しばらくして、車は森を出たところで止まった。
入っていくのはマンションの駐車場。入り口には監視カメラがあったものの、やはり正常に動いていない。
「さて、今夜はここが君の寝床だ。これが鍵ね」
「あ、はい」
眠っている紫音を背負いながら、飾りっけのない鍵を受け取る。
中まで同行するつもりはないらしく、日暮達は直ぐに車へ戻っていった。片手で軽く挨拶して、人通りのない道路を走っていく。




