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episode9:二人の記憶

 昼食を取りに来る客足が途切れた頃合いを見て、私たちのいるテーブルに宮野さんがやってきた。


「まぁまぁこれでも飲みなよ」


 そう言って、宮野さんは持ってきたお盆からコーヒーの入ったマグカップを三人分テーブルに置いた。


「すいません、ありがとうございます」

「いただきます」


 私たちはそれぞれお礼を言って、私は砂糖とミルクを入れて、トウコさんはそのまま一口。


「美味しい……」


 トウコさんは唸った。確かに流石喫茶店のコーヒーだ、缶コーヒーなんかとは比べ物にならない。

 宮野さんは、「こだわってますから」と得意気に笑った。


「で、話しておきたいことって?」

「ああ、実はですね……」


 私は私とトウコさんに関するこれまでの短い記憶を宮野さんに話した。


「信じてもらえないかもしれませんが……」

「んー……」


 宮野さんはまた唇に指を当てる探偵のようなポーズで悩み始めた。


「私が君たちについて覚えてるのは――」


 不意に訪れた私たちの過去を知る機会に、正直に言って心の準備は整っていなかった。

 しかし話を止めるわけにはいかない。トウコさんも真剣に宮野さんの話に耳を傾けている。


「確か……三日前の、午後七時過ぎくらいだったかな。店がバーモードに切り替わってすぐに、二人で店に入ってきたと思う。その日はお客さんが多くて、常連さんも入り浸ってたりして忙しかったから、はっきりとは覚えていないんだけど……なんか二人とも暗い顔してた気がする」

「二人で……?」


 私たちは顔見知りだったということか。見ると、トウコさんはいつの間にかマグカップの中に視線を落としている。


「今日みたいに空いてるテーブルに案内して、なんだったっけ……水割りとカルーアだったかな。注文を受けて私はお酒を運んだ。他のお客さんの対応もあってずっとは見ていなかったけど、ちびちびお酒を飲みながら何か話してるみたいだった」


 色々な状況が想像できる。でも今は黙って話を聞こう。


「で、しばらくは何事もなかったんだけど、突然君が勢い良く立ち上がってね」


 宮野さんはトウコさんを指す。


「ざわついてた店が静まり返ったよ。けど君はそんなの気にする様子もなくピアノの方に歩いて行って、いきなり弾きだしたんだ。めちゃめちゃ激しくてかっこ良い曲だった」


 今のトウコさんからは想像できない行動だ。確かにちょっと突飛なところがある人ではあるけれど、そんなに激しく自分を主張するような人には思えなかった。


「弾き終わって少しの間はみんな静まり返ってたけど、誰かの拍手をきっかけにもう大盛り上がりよ。みんなアンコールー、アンコールーって叫んでたね。でも割れんばかりの拍手の中、君は笑顔も見せずに店を出て行っちゃった。あなたは代金だけテーブルに置いて、彼女を追いかけた。……多分これで全部かな。どう? 何か思い出した?」

「ありがとうございます。……自分は、何も」

「……私も」


 宮野さんは背もたれに背を預けて息を吐いた。


「そっか。ごめんね役に立てなくて」

「いえ、いいんです。そもそも過去の自分たちのことを全部聞いたとしても、記憶が戻るとは限らないので。信じてもらえただけでも嬉しいです」

「うん。まぁとりあえず、しばらくはうちで働きなよ。良かったら明日からでも来て」

「はい、お世話になります」

「よろしくお願いします」


 私とトウコさんが頭を下げると、宮野さんは「ちょっと待ってて」とキッチンへ入って行った。そして戻ってくると、片手には紙袋、そしてもう片手には白髪で細身のご老人を連れていた。


「はいこれお土産。今日の夕飯にでも食べて。そしてこっちはじいちゃんね。宮野ヨシキ」


 宮野さん……では紛らわしいので名前で呼ばせてもらおう。ヨシキさんは腕を組み、皺の刻まれた気難しそうな顔で「うむ」と一度唸った。お世話になるのだし、頭を下げておこう。


「よ、よろしくお願いします」

「うむ」

「……」

「ごめんね、じーちゃん口下手なんだ」

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