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episode6:ピアノ

 そして作戦会議は始まった。

 私たちは並んでテーブルに広げたアルバイト情報誌を睨む。隣の本棚にあった地図を開き、コンビニで聞いたS県の海沿いの町のページを見つけた。そしてそこに、募集のある場所をペンで書き込んでいく。

 資格等の要らなさそうな職種に絞っていくと、その作業は数十分で終わった。


「よし。じゃあこれを手分けして二人で回ってみましょう」

「はい」


 トウコさんは頷いて、私に履歴書を差し出してきた。受け取って目の前に広げてはみたが……どうしたものか。


「とりあえず、書けるところだけ書いてみましょう」


 言いながら、トウコさんはすらすらと仮の名前と住所を書き込んでいく。私もそれに倣って書き進めていくが、問題の箇所がやってきた。学歴だ。


「アルバイトなら多少経歴を詐称してもバレないとは思うけど……ちょっと罪悪感ありますね」

「そうですか?」

「えっ」


 見ると、彼女はすらすらと学歴欄を埋めている。


「もしかして少しは記憶が?」

「いいえ、適当に書いてます」

「……」


 トウコさんは私よりたくましいかもしれない。

 空白にするわけにもいかないので、私も地図を見て適当に学校名を書き込んでいく。バレたら正直に現状を話そう。


 履歴書を書き終えて、私たちは外に出た。あとは海の方にあったコンビニまで行って証明写真を撮るだけだ。


「あ」


 二人で外に出て気付いた。


「そういえば鍵もかけられないのか……」

「これ」


 トウコさんが突き出した手の先には、鍵がぶら下がっている。


「部屋の鍵ですか? どこで?」

「部屋を掃除している時に見つけました」


 トウコさんは得意気に鍵をかけた。


「さ、行きましょう」

「あ、はい……」


 気のせいだろうか、トウコさんの表情が少し豊かになってきた気がする。そんなことを考えているうちに、すたすたとアパートの廊下を歩いて行ってしまったので、私は慌てて彼女を追いかけた。


 海沿いの道にあるコンビニの証明写真機で写真を撮り終え、店員さんにハサミを借りて履歴書に貼り付けた。


「それじゃ、決めた通り私は商店街の方から下りながら攻めてみます」

「私は海沿いですね。健闘を祈ります」


 トウコさんは凛々しい顔で敬礼をしてみせた。私も勢いに負けて敬礼で返す。トウコさんは満足した様子で頷いて、海沿いの道を軽やかに歩いて行った。

 昨日とはかなり様子が違う……なぜあんなに元気なんだろう。

 しばらく彼女の後ろ姿を見ていたが、私も一呼吸置いて商店街への坂道へと入る。


 その後コンビニ、ガソリンスタンド、小さな民宿と回ってみたが、どれも結果は芳しくなかった。

 家で新聞を読んでいる時に気付くべきだったが、今日は金曜日だ。この情報誌は毎週月曜日発行だから、週末にはほとんど募集が終わってしまっているらしい。


 私は結局なんの成果も得られないまま坂を下り切ってしまい、合流場所に決めていた海の近くにある広場のベンチに腰掛けた。

 曇り空によって彩度を失った海辺の景色をぼんやりと眺めていると、トウコさんが広場に入ってきた。真っ直ぐこちらに歩いてきて、私の隣に腰を下ろす。


「ダメでしたか」


 消沈した様子を見て私が尋ねると、トウコさんは小さく頷いた。


「学歴を適当に書いたのがバレました……。まさか店長が群馬出身とは……。キョウイチさんは?」


 私は苦笑しつつ首を振った。


「そうですか……意外と難しいものですね」

「ですね。でもまた来週チャンスがあるでしょう。節約してなんとか食いつなげば」

「そういえばお腹が空きましたね」


 曇っていて太陽がどこにあるかわからないが、確かにそろそろお昼時だろう。


「あそこ、入ってみませんか?」


 トウコさんが指さした方を見ると、車のショールームの二階に喫茶店があった。


「でも、喫茶店って結構食べ物も高くないですかね……」

「うーん、頼めばパンの耳とかくれるんじゃないでしょうか」

「……喫茶店でパンの耳を注文するのは、ありなんですか?」

「なくはないんじゃないでしょうか」


 真顔で言われて、私は納得せざるを得なかった。


 階段を上って店の扉を開けると、カランカランと鈴が鳴った。丁度飲み物を出していた三十代くらいの女性の店員さんが私たちに気付く。


「あ、ピアノの人だ」

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