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episode4:これから

 私が弁当と飲み物を買いに行っている間に、部屋が少しすっきりしていた。

 テーブルを埋め尽くしていたビン類は片付けられ、家具も全てしっかりと配置し直されている。が、どうやらそれは正しい位置ではないらしい。

 家具は長い間あの無秩序な状態になっていたらしく、床の色が微妙に変色していた。


「お待たせしました」


 部屋の入り口で私がコンビニの袋を掲げると、彼女は瓶をまとめたらしいビニール袋の口を縛って立ち上がった。


「あ……おかえりなさい」


 少し彼女の様子がおかしい気がした。


「どうかしましたか?」

「あ、いいえ」


 そう言って、少し俯いたまま首を振る。何か隠しているのは明白だった。だけど聞かれたくないことなら無理に聞かなくてもいいだろう。私は片付いたテーブルの上に買ってきた物を並べる。

 二人で手を合わせてから、かなり遅い夕食を取り始める。

 私たちは黙々とコンビニ弁当を口に運ぶ。おそらくお互いに考えているのは、これからどうするかだろう。

 財布に残っているお金は残り少ない。さっき買い出しに出る前に二人で財布の中身を確認したが、二人合わせて一万円にギリギリ届かないくらいの持ち合わせしかなかった。持って数日といったところか。

 ただ、自分たちのことを知る望みはあった。それは家賃や光熱費の請求だ。

 支払いが滞れば請求書か何かが送られてくるだろう。そこには誰かしらの名前が書いてあるはず。それを頼りにすればおそらく過去を知ることはそう難しくない。しかし――


「トウコさんは……」


 彼女の仮の名前を呼んでみるが、やはり何か気恥ずかしさを感じる。


「警察に行ってみてはどうでしょう。多分保護してくれるはずです」


 私はさっき警察に追いかけられたことから、どうも警察に頼る気にはなれない。しかし彼女だけなら過去を取り戻すことができるかもしれない。


「警察……」


 彼女は箸を止めた。何かを悩んでいる様子だった。


「警察は、やめておきます」

「なぜです?」

「……」


 彼女は黙ってしまった。おそらく彼女は、私が部屋を出ている間に何かに気付いたはずだ。明らかに態度が変わっている。


「もしかして、何かわかりました?」


 直球を投げると、彼女は少し唇を噛んだ。私は彼女が話し始めるまで待つ。


「私、今悩んでいます」

「何について?」

「……私は、過去を知るべきなのか」


 そう――私は過去を知るべきなのか。おそらくそれはそこまで難しいことじゃない。

 しかし、過去を知ることが果たして私にとって良いことなのか、悪いことなのか。それが問題だった。

 この状況に何かしらの作為を感じるということは、誰かが意図して私たちの記憶を消した――そんなことが可能かはわからないが――可能性がある。

 それがもし私たちのためを思ってのことならば、無理に過去を掘り起こすべきではないのではないか? そんな考えが頭をもたげていた。


「でも過去を知るべきではなかったとして……これからどうやって生きていきます? 自分が誰かもわからないような人間が社会でやっていけるとは思えない」

「それは……」


 彼女はまた口を固く結んだ。


「あなたを追い詰めたくて言っているわけじゃないんです。私も悩んでる。……とりあえず今日はもう休んで、明日からできることを探してみましょう。私もあなたも疲れている」

「……はい」

「ベッドはあなたが使ってください。私はソファで寝ますから。……もし心配なようなら一晩外をぶらぶらしていますが」


 彼女は慌てて首を振った。


「いえ、大丈夫です。お言葉に甘えてベッドは使わせていただきますけど……」


 私は頷くと、弁当の残りを胃に詰め込んだ。

 それからゴミを袋にまとめ、電気を常夜灯にする。それからストーブを消して、私は毛布と共にソファに横になった。少し足を丸めなければいけなかったが贅沢は言えない。

 ベッドが軋む音と衣擦れの音がして、部屋は静かになった。私は目を閉じる。とにかく疲れた。意識が闇の中に落ちていく感覚がし始めた時、彼女の声でまた意識が覚醒する。


「……キョウイチ、さん?」

「はい」

「おやすみなさい」

「……おやすみなさい」

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