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episode1:目覚め

「う……」


 僕は強烈な頭痛に叩き起こされた。心臓が脈打つたび、ズキズキと頭を刺激する。

 呻きながらうっすら目を開けると、目の前のテーブルには空き瓶が散乱していた。どうやら酒らしい。全く記憶が無いが、僕はやけ酒でもやったんだろうか。


「あの……」


 突然声がしたので、僕は一瞬頭痛を忘れて驚いた。

 気づくと、僕が座っているソファのすぐ横に女の人が立っていた。水の入ったコップを差し出してくる。


「どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 喉がひりひりに乾いていた僕は、ありがたくそのコップを受け取った。一口飲むと、喉に水分が沁み渡っていくのを感じると同時に、頭痛も多少和らいだ気がした。僕はそのまま一気に水を飲み干すと、コップを彼女に返した。

 返して、僕は困った。彼女は誰だろう。

 もしかして酒に酔った勢いで何かやらかしてしまったのだろうか。動揺が急激に僕を支配していく。少しの間目を泳がせた後、


「えっと……。すいません、お邪魔しました」


 僕はそう言って、ソファにかけてあったコートを手に立ち上がった。


「あ、あの……」


 彼女が呼び止めようとするが、僕はとにかくここにいてはいけないような気がして玄関から出ていく。ドアを閉めて、僕はドアにもたれかかって一息ついた。白い息が目の前を漂って消える。

 外は寒かった。僕はコートを羽織り、そのアパートの階段を下りていく。

 見上げると、建物の隙間から見える空に赤が染み出している。夕方らしい。

 未だ引かない頭痛に苦しめられながら、傾斜のきつい坂を上っていくと、商店街に入った。

 僕は行き交う人々や大道芸人を脇目に駅を目指す。とにかく早く家に帰って休みたい。

 商店街を抜け、駅が見えた。僕は少し落ち着きを取り戻して、財布を取り出し、券売機の前に立った。

 そこでようやく気がついた。


「ん……?」


 僕の家はどこだっただろう。どこまでの切符を買えばいいのか、僕にはわからなかった。足が勝手に駅へと連れてきてくれたが、その先がわからない。

 背後から肩を叩かれた。気づくと僕の後ろに並んでいた人が苛立たしげにしている。


「すいません」


 僕は頭を下げて券売機を譲った。

 駅の前に立ち尽くした僕は放心状態だった。なんだこれは。一体どうなってる。

 そうだ。僕はお尻のポケットにしまった財布をもう一度取り出して、カードポケットのカードを一枚一枚見ていく。


「……ない」


 そこには免許証も保険証も無かった。それだけではない。まるで意図的に個人情報を特定できるものを抜き取られたかのように、クレジットカードはおろか、ポイントカード、レシートすら無かった。

 いつの間にか頭の痛みは消えていた。しかし新たに持ち上がった問題に、僕は頭を抱えた。

 ふと顔を上げると、駅前の交番が目に入った。こういう時は警察に相談するのが一番だ。そう思って交番に向かって歩き出した時、交番の前にいたおまわりさんが僕を見つけた。そして険しい表情でこちらへ向かってくる。

 僕は反射的に目を逸らし、進行方向を変えて商店街へと逃げ込んだ。なぜそうしたのか自分でもわからない。だけど体が勝手に動いて、おまわりさんの追跡を撒くかのように人波に紛れ込んだ。

 商店街の途中で脇道に入り、後ろを確認すると、さすがにもうおまわりさんはいなかった。僕は一息ついて、それから怖くなる。なぜあんなにおまわりさんに怯えたのだろう。

 僕は一体どんな人間だったんだ。少なくともさっきのおまわりさんは僕を知っているようだった。嫌な予感がする。

 僕は狭い路地を抜け、海に向かって坂を降りて行く。

 そして歩きながら考える。記憶が無くなる、それもパーソナルな記憶だけが無くなる原因とは。

 頭に何か強いショックを受けた? 確かに頭は痛かったが、それは外傷による痛みではない。

 では心因性のもの? そうなってくると、記憶が無い以上、原因の特定は難しい。

 悪の組織に連れ去られて、脳をいじられた……なんてことは昨今特撮でもあまり見ない設定だ。

 気づくと浜辺まで来ていた。結論も出ていた。自分一人で自分が誰かを知る方法はもう無い。

 砂浜の砂に半分埋もれた階段に腰掛け、僕は薄暗い海を見ながら波の音を聞いた。

 夜も近くなり、海辺は一層寒い。しばらく僕はそこで何をするでもなくじっとしていたが、寒さに耐えられなくなって立ち上がった。

 今日はどこで夜を明かそう。幸いホテルや民宿はそこらじゅうにあったが、僕の財布は軽かった。格安の民宿に一泊できるかできないかくらいの現金しか持ち合わせていない。

 悩んだ末に、僕が目覚めたアパートを訪ねてみることにした。そういえば彼女なら僕が誰なのか知っているかもしれない。

 一体なぜあのアパートで目覚め、彼女とどいう関係だったのか。それを考えると少し気が引けたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 僕は海を背に、うねる坂道を上っていく。

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