お狐さまと供物ちゃん
登場人物:九尾の狐と女子中学生
「全く、全く、本っ当にお前ってやつは!」
「悪いのは梅雨であって私じゃない!」
「言い訳をするな! こんなに大量に引き連れてきて、一体どの口がそれを言う!」
降りしきる雨に打たれて、神社で怒鳴り合う影が二つ。
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さんざん喚き散らして、ようやく冷静になった頃には時すでに遅し。社の軒下に引っ込んだ時には二人とも見事に濡れ鼠だった。
「濡れちゃったねー」
ポケットからハンカチを二つ取り出した。ちょっと湿ってはいるけど、多少は水を吸ってくれるだろう。一つで自分の髪を、もう一つでお狐さまの毛を拭く。
「『ちゃった』なんて程度で済めばよかったけどね。俺はともかくお前、風邪をひいたらどうするつもりだい。途中から傘も投げ捨てるし、あの時は本物の馬鹿かと」
「ついカッとなって……」
「まるで罪人の言い分だ」
「……ふん」
何も言い返せなかったので、わしゃわしゃと雑に拭いて毛並みを乱してやる。
呻く声が聞こえたような気がしたのは、気のせいだと思おう。
「気のせいでなく、呻き声ならしているが」
言われて、鳥居の向こうを見る。
私にたかる幽霊が、十人近くに増えていた。
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三日三晩雨の日が続く梅雨真っ盛り、晴れない天気にしびれを切らして家を出てきたのが三十分ほど前のこと。
小雨が降る中を傘をさして歩いていると、傘で隠れた前方にヒールを履いた女性の足が見えた。
(OLさんかな? 雨の日にヒールか、水が入って大変だろうなぁ)
そう思って、ふっと傘を上げてみる。
女性は傘をさしていなかったが、なぜか全く濡れていない。彼女は私をじっと見て、ニィと笑った。
本能が割れんばかりに警鐘をならす。やばい危ない普通じゃない。
瞬間私は走り出し、VS幽霊の仲間鬼がスタートした。
全身が濡れるのも構わず傘をたたんで、神社への道をひた走る。
騒ぎを嗅ぎつけた幽霊が列に加わり、鬼は徒党を組んでいく。一人は二人に、二人は四人に。階段を死に物狂いで登ったときには八人になり、今は十人。このまま放っておくとさらに集まってくるだろうが、私にはどうすることもできない。
ゾンビ映画のような現状で、鳥居の結界が絶対なのが救いだった。
「でもまあ落ち着いて考えると、対処を急ぐ話じゃないし。雨が止んでからでいいよ」
「どうしてそこまで他人事なんだ」
「やっちゃったものはしょうがないしね。なるようになるでしょ」
呆れるお狐さまに、それより、と油揚げを出す。
袋をあけた瞬間にかっさらわれた。
一枚まるごとがあっという間にお狐さまの口に消えていくのを、服を拭きながら見ていた。髪は水が滴らない程度に拭いておけば、そのうち乾くだろう。
油揚げを完食したお狐さまは口周りをきれいにすると、大きく体を震わせた。それだけで水滴が飛んで元のふわふわな毛並みがもどる。九本の尻尾もゆらゆら畝って、妖しさ百倍だ。
「さて、供物も食べてしまったことだし」
くかり、一つあくびをして。九尾狐は言った。
「なるようにしてやろうよ」
ありがとう。それじゃ、晴れるまでしりとりでもしようか。
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体感時間で約一時間しりとりをして、私の知らない単語を言ったお狐さまの負けになった。お互い知らない単語を使うのはルール違反なので、いつもどちらかが負けることになる。
私も『カルタ』で負けたことがあった。ちなみにその時カルタの説明はしたので、今はもうセーフだ。
敗者のお狐さまは「大麻も知らないのか」とすごく悔しがっていた。
なんでも神社で神主さんが持つ、白い短冊もどきがついた棒のことらしい。お祓い棒というとイメージしやすいだろうか。
「神社に神主さんがいないんだから、知らないのも無理ないって」
「こんなことならパパイヤなんて知らないフリをするべきだった」
「はいはい、私の勝ちね」
つづいて怪談、その次は今日の本題について話した。ずばり『思春期の娘に臭いと言われる父親について』だ。この考えを話すためだけに、私は雨の中神社に足を運んだといっても過言ではない。
「だからね、やっぱり父親は臭いと思うんだ。思春期の娘だから疎ましく感じるんじゃなくて、本当に臭いの。思春期ってことは十代前半でしょ? それくらいの歳の娘がいる男の人は、だいたい平均四十代前半くらい。だからちょうど臭くなってくる頃なの。娘は父親を嫌がってるんじゃない、事実を言ってるだけなんだよ」
……というようなことを、十数分にわたって熱弁した。さすがにあくびをされても文句は言えなかった。『加齢臭』は通じたんだろうか。なんか臭そう、くらいのイメージが伝わってたらそれでいいんだけど。
うん、まあ、満足したしいいや。
お狐さまもお狐さまで、私が持ってきた食べ物の中でどれが一番驚いたか、という話をし始めた。吸うゼリーとマシュマロが二大トップらしい。平和なことだ。
「いつか二人で焼きマシュマロもしよう」と言うと、ものすごく喜ばれた。
マシュマロは食感が苦手だけど、焼きマシュマロは一緒に食べられるよ。甘くて美味しいの。
おすすめは串に火が燃え移るくらい炙る方法。食感を潰して甘味だけを味わうにはあれしかない、まさしく至高の味だよ。
そう力説する私を、お狐さまが楽しそうに見ていた。
至極どうでもいいことに熱くなっていると、瞬く間に夕方になった。
鳥居前の幽霊徒党は今や十五を超え、最後尾は境内から覗けないほど下になっている。
「ん? ……ああ、そろそろ帰るか?」
私の視線に気づいて、お狐さまが空を見る。幸い雨も今なら止んでいるし、傘を刺さずに帰れそうだ。
「そうだね。また振り出さないうちに帰るよ」
広げて乾かしていた傘をたたみ、立ち上がる。
「お狐さま、あいつら、追い返しちゃって」
お狐さまが頷いて、人の姿に変わる。
鳥居の前に進み出ると、幽霊はお狐さまを捕まえようと手を伸ばしてくる。しかしそれが届くことはない。
「俺の箱入りに手を出されては、捨て置くわけにいくまいよ」
供物分働いたお狐さまは、当然めちゃくちゃ格好良かった。
幽霊徒党も二人の前じゃ当て馬程度が関の山。