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残欠  作者: ふゆしろ
9/10

最要†クロー

「時期が早まっている。来年中に起こり得るよ」


「そうか…」


最近の世界の一番の関心事はいつ裏表の世界が一つになるかという事。


はっきり言って世界がどうなろうと僕には関係ない。

淡々と研究を続ける日々。それが変わるとは思えなかったから。



†††



それが起こるとき、半分の土地と半分以上の人が消え失せるだろう。

そう告げた時の彼らの顔と言ったらなかった。そこまでの事象とは思っていなかったらしい。


詳しく報告した後、重々しく頷いたのを見届けて部屋を後にする。

どう対処するかなど僕にはどうでも良かった。



彼らがどうやら"非道"な人間らしいと知ったのは最近の事。


僕は彼ら以外と接した事がなかったから、"市民"というものを知らなかった。


ある日、その人間はここへ押し入ってきて言ったのだ。


『大変な変事が起ころうとしている!』


彼は僕と同じで学者らしかった。

そんな事、数年前から知っていると伝えると彼は目を丸くした。

何故市民に伝えないのか、何も備えをしないのか執拗に聞かれたものだ。


そんな事言われても僕には分からない。

僕はそれを研究しているだけだ。知った人間が何をするかなんて関係無いだろう。


『薄情者め!同じ人間として何も感じないのか!!』


捲し立てるように言われても煩わしいと思うだけだった。


同じ人間?


笑わせる。僕は彼らと同じではない。彼らに造られた存在だ。


僕は自分が人間かどうかすら分からない。


人間と同じ遺伝子を持っている。

人間に近い形をしている。

でも、人間にない遺伝子も持っている。

人間には出来ない事が出来る。



きっと僕のこれまでの人生は"普通"からかけ離れているんだろう。

"家族"を知らないし、"友達"を知らないし、"恋人"を知らない。


図書館への出入りが許されてから知らないものの数々に出会ったのだ。一番理解できた感情と言えば"孤独"だった。


知識として知っているのと体験するのでは雲泥の差がある。


どれか一つでも体験できたら、僕にも"愛"というものが分かるかもしれない。

その言葉の印象はとても暖かくて、優しくて、キラキラしていて、死ぬまでに体験できたらいいと唯一思ったものだった。



†††



いつものように診察を終えたとき、緊急に呼ばれた医師は僕を残して部屋を去って行った。

それで何となく机の上の診察ファイルを開いてみると、そこには小麦色の髪をした無邪気な子供の写真がある。

なんでかその子が気になって、そこに記してある文を読み進めた。


そこで驚愕の事実を知る事になる。

このルイという名の少年は、なんと、僕と同じ細胞を元に造られたというのだ。


息が詰まった。

つまりこの子は、僕の"兄弟"に当たるのではないか。


一人じゃなかった。

僕は独りじゃなかったのだ。



震える指で頁を捲り、ルイの情報を調べる。

不思議だった。胸がじんわり暖かくなって、次第に何かが込み上げてきて。気付けば視界が滲み、透明な雫が零れ落ちていた。


そのときふと理解した。


これが"愛"なのだ。


なんて暖かいんだろう。けれどぎゅっと胸が苦しくなる。

思わずしゃがみ込んで胸元を掴み、頭を膝に乗せてその感覚に浸った。



†††



例のファイルに記してあった建物へ侵入したのは翌日の事だ。


そこには擬似的に造られた"世界"があり、ルイたち造られた研究体はそこが世界の全てと思って生きている。

"家族"もあり、同じ境遇の"友達"も作れる。

僕と同じではないにしろ、人間を改良して造られた存在が他にもいるとは思いもよらない事だった。



セキュリティのせいで接触は難しい。


遠目にルイを見つけたとき胸が高鳴った。彼は"母親"の隣で楽しそうに何か話していて、多分ああいうのを"幸せ"と言うのだろうなと感じる雰囲気で満たされていた。


僕とは全く異なる環境。

きっと僕より多くの感情を身を持って知っているのだろう。


会いたい。話したい。僕の存在を知って欲しい。"兄弟"なんだと伝えたい。


でもルイを見ていると葛藤が湧く。

真実を伝えたら、ここが箱庭であると気付いてしまう。彼は今、幸せそうに見える。それを壊して良いのだろうか?



そんな複雑な思いのまま、その日は建物を後にした。



†††



ルイという存在を知ってから、片時もそれを忘れる事が出来なかった。


彼は今何をしているだろう?

幸せそうに笑っているだろうか。

真実を伝えたら、彼はもう笑わないのだろうか。

幸せな世界を壊した僕を恨むだろうか。


何がルイの為なのか分からない。

僕の想いは独りよがりのエゴだ。僕の為に、真実を伝えたい。


それを抜きに考えてみると分からなくなる。


あの箱庭は彼にとっては立派な"世界"だ。造られたものだとかは関係無い。

例えば僕の世界だって"市民"からしたら有り得ないものだろうし、言いたい事は色々あるだろう。


そもそも僕たちは存在からして操作されているのだ。けれど確かに生きている。

彼らと僕たちの違いは遺伝子の違いだけじゃないか?命に紛い物なんてない。


だからきっと世界にも、紛い物なんてない。


その人が信じている世界がその人の世界だ。正しいとか誤りだとかは存在しないのだと思う。


そう考えると益々、僕のしたい事が独りよがりであると思わされた。



†††



あれから何度か建物に侵入してはルイを遠くから眺めていた。


その存在を知れただけで、僕にはとても幸福だった。孤独から解放されたし、前よりずっと世界が色鮮やかに美しく見える。


彼の存在は、文字通り僕の世界を変えたのだ。



その日、穏やかに笑うルイに癒されて建物を後にしようとした時、敷地の端で背後に気配を感じた。

遂に監視員に気付かれたかと諦めの境地で振り返る。


するとそこにいたのはルイだった。


「あんた、前からオレの事ちょくちょく見てたよな?」


気付いていたらしい。


夢にまで見た光景に反応が遅れてしまう。

彼と話をしているなんて信じられない。


「…よく分かったね」


「感覚が鋭いんでね」


エメラルドグリーンの美しい瞳が僕を捉えている。


「で?何の用?」


腕を組んでそう言った彼に答えるように頭の中で声がした。


選択肢を与える。そう考えれば良いんだ。


促されるように口を開く。


「僕の知ってる真実を伝えたくてね。信じるかどうかは君の好きにすればいい」


「…ああ、いいぜ」


幾分表情を固くしたルイ。

それでも真摯に耳を傾けてくれる。


それがとても嬉しかった。


「君の遺伝子は操作されている。君が"家族"と思っている人たちとの血の繋がりはない。…それに、ここは僕の知る世界ではほんの一部でしかない。建物の外には広い世界があるんだ。僕から見ればここは小さな"箱庭"さ」


ルイは目を零れんばかりに見開いて固まった。


「…君は、僕と同じ細胞を元に造られてる。僕も造られた人間だ。君の他にもそんな人たちがここには多く存在している。皆、外の世界を知らないみたいだけどね」


少し声が震えてしまった。

僕がルイを兄弟のように感じている事は何となく言い難い。

それにもう、彼への想いはそれに留まらないような気がした。


「オレは人間じゃないのか…?母さんはオレの母さんじゃない?」


ルイは唖然とした表情でそう言ったかと思うと、僕の腕を掴んできた。


「あんたはどこから来たんだ?オレは、オレは何なんだ…」


「ルイ…」


「名前、なんで知ってんだよ…」


ずるずるとしゃがみ込んでしまったルイは乾いた笑い声を上げる。それからぐしゃりと前髪を握り締めた。


「今までの全部、何だったんだよ。造られた?意味分かんね。全部偽物だったのかよ?オレも、オレ、は」


肩を震わせる彼を見て、やはり伝えるべきではなかったと後悔した。


ぼんやりする頭で思った事を口にする。


「…僕は造られた事を知りながら生きてきた。自分が"人間"かどうかは分からないけど、同じ生命である事に変わりはない。そう思いながら」


ゆるりと顔を上げたルイは泣いていた。苦しそうに顔をしかめて。


気付けば彼に合わせて腰を落とし、その頬を伝う涙を拭っていた。


「言葉の定義なんてどうでもいいと思わないかい?君のした体験は全て本物じゃないか。それが今の君をつくってるとしたら、それは偽物じゃない」


目を瞬いた彼の頭を撫でる。


「僕はね、そんな事どうでもいいと思うよ。君が今ここに存在している、その事実だけでいい。例え君の記憶が全て偽物だとしても、思考も感情も計算されてるとしても関係無い。君が存在している事実に変わりはないから」


「…あんたは、何を"オレ"だと思ってる?」


どんな宝石より美しいエメラルドグリーンの瞳は、僕の中に答えを見たかのように確信に満ちていた。


「君という存在を」


見た目でも性格でも生い立ちでもなく、ただ、その存在を。


生命を、魂なんて呼ばれるようなものを。

それは誰かに造られたものではない。創られたとしたなら、それは"神"によるものだろう。

それがなかったら生命体は生きていられないと思うのだ。


無理矢理笑顔を作ったルイに胸が締め付けられる。


「話、聞けて良かった」


その言葉に安堵した途端、奇跡のような今に胸がいっぱいになった。



知った瞬間から、僕にとって彼はなくてはならない存在だった。


そう、彼は僕の"愛"。

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