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残欠  作者: ふゆしろ
7/10

不仁†メタリティ

今更何を言っても言い訳になってしまうだろう。

しかし本当に知らなかったのだ。


世界の仕組みを。



†††



出世して金を稼いで高い地位を目指す。

欲しいものは名誉、利権、尊敬。


私は何処にでも居るそんな人間だった。


出世のために策略を練る事を愉しんでいた。

他人など興味が無かったので、誰かの犠牲の上に今の私があると知っていても、特に思う事は無かった。

蹴落とされる方が悪い。利用される方が悪い。


この世は弱肉強食で、私は強者の方に違いないと疑いもしなかった。



†††



上には上がいると厭でも思い知らされたのはいつだったろう。

何をやっても一歩及ばない相手。


使える手は全て使った。

汚い事もした。

しかし、敵わなかった。


打ち砕かれたショックに唖然としていたとき、上から声が掛かった。


"権威が欲しいか?"


欲しい。


"絶対的な地位が欲しいか?"


欲しい。


"その為にその身を捧げると誓うか?"


ああ、誓おう。



その時の私は失意のどん底に居て、以前の晴れやかな気分に戻るのに必死だった。

自分を保つのに精一杯だったのだ。



†††



自分がもはや引き返せない所まで来てしまったと気付いた時には、もう遅かった。

私は自身の浅はかな矜持を保つために悪魔に魂を売り渡したのだ。

気付いたときにはもう、私は異界人たちの都合の良い奴隷だった。


この世界はほんの僅かな異界人たちが全てを握り、彼らに忠実に従う事で私のような人間が選ばれた者であるかのように揺るぎない地位や名誉を得、それ以外の何も知らない者たちを家畜のように飼い慣らしている。


強者は異界人だった。


人々は、今以上の生活を送る技術を既に持っている。どの分野においてもだ。

しかし奴らはそれをさせず、今の発展途上の状態を維持し、人々を苦悩の中に押し留めていた。強者として在り続けるために。


周りの者たちは一般人を見下し、悦に入っている。

逆らえば命が無い今の立場では、そのくらい能天気でなければやっていけないだろう。


それは丸で奴らの奴隷ではないか。そう思っている者は残念ながら見受けられなかった。


皆、異界人を神のように崇めていたのだ。自分は神に見初められた選民なのだと疑いもしない。


私にとっては奴隷も家畜も大差無かった。いや、むしろ家畜の方が自由だとすら思える。

そんな考えに、乾いた笑いが漏れた。



†††



前代未聞の天変地異が起こるのだと知ったとき、それにより失われる命の多さとその無情さに、戦慄した。


今までも多くの命を犠牲にしてきた。その自覚はあったが、もはや自身も被害者ではないかと考えていたため、同情はしなかったのだ。


しかしこれはどうだ。

まるで神の裁きではないか。この腐りきった世の中に鉄槌を下すかの如く、容赦なく起こる宇宙の摂理。


神はあの異界人共では断じてない。

この宇宙の摂理こそ、神の采配に違いない。



†††



刻々と迫る定められた時。

その全貌を知っている訳では無かったが、ここでも犠牲になるのは多くの一般人である事だけは分かっていた。




たまの休暇に自然の美しい保養地へ訪れたときの事。

急に降りだしたスコールのような雨に立ち往生してしまう。そんな私に声を掛けてきたのは、笑顔の眩しい青年だった。


青年は健康的な肌色をしており、銀髪を無造作に後ろで括り、ターバンを頭に巻いていた。

地元の人なのだろうと思った。


「雨宿りしてきなよ」


言うなり腕を引かれ、近くの民家へ誘われる。そこは小さいながら、何処か落ち着く場所だった。


「観光か?今の時期はよく降られるから、空を気にしてないと」


タオルを渡され、曖昧に頷く。

空なんてそうそう見上げないだろう。


青年は暖かい飲み物を用意して、向かいの椅子に腰掛けた。


「西の丘にはもう行ったか?あそこは今時期野ばらに埋め尽くされてて、眺めも最高なんだ。ああ、ここの名物料理なら、そこの通りを一本入った所にある店がオススメだぞ」


青年は金色の瞳をキラキラさせて、楽しそうに話してくれる。

こんな無邪気な表情をした人間と話すのはいつ振りだろう。


「、あんた疲れてるのか?」


心配そうに覗き込まれ、思わず身を引いた。


「ッいや、」


「でも顔色良くないし…そうだ、この薬草やるよ。疲労回復の効果がある」


「…ああ、すまない」


青年はごく自然に薬草を渡してくれる。

他人を疑う事を当たり前にしてきた日常や、時に周りは全て敵とすら思ってきた私にとって、彼の他意のない言動はとても新鮮で、酷く落ち着かない気になった。


「大丈夫、雨はすぐ止むさ」


「…ああ」


青年は穏やかな微笑を浮かべる。


彼の言った通り、雨は程なく止んだ。


礼を述べ、家を後にするとき、ふと思い出す。

ここは件の天変地異で消え去る場所ではなかったか。


「どうした?」


突然立ち止まった私に、青年が不思議そうな声を出した。


これは一般人に話してはならない情報だ。今までなら、他人など気にしなかったと思う。

しかし振り返って彼の純真そうな瞳を見てしまったとき、口が勝手に動いていた。


「ここは一月後には跡形も無く消え去るだろう。南へ逃げろ。古代都市のあった付近まで」


言いながら、こんな事を言っても笑われるだけだと思っていた。

しかし青年は目を丸くしてしばし固まり、乾いた声を出した。


「…言い伝えは本当なんだ…」


「言い伝え…?」


「ここらで伝わってる話に世界の半分が失われ、新たな世界と一つになるってのがあって…それが」


「言うな!」


思い出した。私の行動は全て奴らに筒抜けである事を。

話してしまった。言い伝えがあると報せてしまった。どうなる。ここの人々を奴らはどうする?


「逃げろ。この世界を支配している奴らは人々にそれを報せたくないと思っている。言い伝えを知る者を生かしておくと思えない」


「…それが真実なら、人々を見殺しにする気か?」


「ああ、そうだ」


間髪入れずに答えた私に青年は唖然とした。金色の瞳が怒気に染まる。


「そんな事は出来ない」


「今や貴様の命が危ういんだぞ!」


「でも!あんたは報せてくれた」


あんた、お偉いさんだろ?服見れば分かる。

そう言って眉根を寄せながら口角を上げた彼に、私は言葉が出なかった。


今や私は自身も人々を見殺しにするような人間であると表明したも同じだった。

それに、異界人を裏切る行為までしている。


人生終わったと本気で思った。



†††



「行こう」


気付いた事実に茫然自失だったとき、青年はいきなり私の手を引いた。


「…何処へ」


私が卑劣であると知った筈なのに変わらず他意のない目を向けてくる。堪らず視線をそらした私に彼は強く言った。


「まだ時間はある。少しでも多くの人に伝えるんだ」


「命を狙われるぞ」


「このままじゃ皆死んでしまう。それなら最期まで購って見せるさ」


そう言って口角を上げた彼の瞳には強い光が宿っていた。目前に迫る絶望にも希望を失わない。


なんて眩しいんだろう。


「私はここに残る」


私がいれば、行動が全て知られてしまう。


「駄目だ。あんたも一緒に」


「しかし私は」


「過去なんてどうでもいい。これからを考えるんだ。あんたも人々を救いたいと思ってるだろ?」


…思っている。こんな気持ちは初めてだった。誰かのために何かをしようなどと。

そうか。それならやはり、


「私はここに残るべきだ」


そう答えた瞬間、青年は苦しそうに眉を寄せた。それから睨むように鋭い眼光で私を捉える。


「俺はあんたも助けたい。どうしてもと言うなら、気絶させてでも連れて行く」


手首を掴む手に力が込められた。


彼はどこまでも真っ直ぐで本気だった。いっそ清々しい。

今まで誰かとこんなに真っ向から向き合った事があったろうか。さっき知り合った他人だと言うのに、青年は真剣に私を慮る。


だから思ってしまった。

この青年と共に、私も最期まで購いたいと。いや、正直に認めるならば、もっと彼を知りたいと思ったのだ。


「…後悔しても知らないぞ」


「有り得ない。俺は最期まで見捨てないからな」


きっと私以外の誰にでも向けられる言葉なんだろう。

けれどそれを聞いたとき、確かに私は嬉しかった。本当に嬉しいという気持ちを知ったのだ。




私はもう奴隷でも家畜でもない。

この足で、何処へでも行ける。

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