表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残欠  作者: ふゆしろ
3/10

欠陥†パズー

日が昇って朝が来て、月が昇って夜が来て。


繰り返し、繰り返し。




ここへ連れて来られて数ヶ月。

若葉の色が鮮やかに目に映る。

生命力を感じさせる青々とした色合いだ。


木陰で芝生の上に座り込む。


一眠り、しようかな。


そう思ったときちょうど人がやって来た。

まぁいいや。寝てしまおうと横になる。


「堂々とサボりか?一年」


声を掛けられ、仕方なく顔を向けた。

背の高い人だ。少し垂れ気味の目尻のせいか、緊張感が全くない。


「授業、退屈なんだ。それにほら、いい天気だから」


今は光の世界の歴史の時間だ。もう知ってる事だから、いちいち聞かなくて良いと思う。


「ああ、確かにいい天気だな」


その人はそう言って隣に座る。

予想外の行動にぽかんとした顔で見上げれば、橙色の双眸を細めて笑われた。


「俺もここでサボる事に決めた」


「…ふぅん」


俺には関係ない事なので、その人のいない方を向いて目を閉じる。


「無防備過ぎだろ、お前」


落とされた呟きの意味を考えるより先に、夢の中へ旅立っていた。



†††



敷地内の広い広い森を散策していたとき、またあの人に会った。神出鬼没だ。


俺の隣に当たり前のように並んで着いて来る。


「そっち行っても何もないぞ」


「へー」


「ここ、こっち行ったら使われてない東屋がある」


そう言って腕を引かれ、方向転換させられた。


「探検か?」


「暇潰し」


なんせ詰まらない授業が多いのだ。放課後も特にする事がない。


俺の言葉に笑って、その人は言う。


「俺、ランテ。お前は?」


「パズー」


蔓の這う古びた東屋に着くまで、ランテはとりとめのない話を振ってきた。


東屋は中へ入ると意外に小綺麗で、昼寝ポイントに加えようと密かに決める。


「思ったよりいい所だろ」


「おう」


座って外の森をぼんやり眺める。

木々の合間にこっそりと生えている小さな花たちは、白や黄色と色とりどりだ。

吹き抜ける風が心地好い。

どこからか聞こえる鳥の声も綺麗だった。


「お前さ、光の方の奴だよな」


またまた当然の如く隣に座ったランテに言われ、頷く。


「家族は」


「いないよ」


「変事に巻き込まれたのか?」


「おう」


「故郷は」


「なくなった」


淡々と答えるとまじまじと見詰められた。


「なに?」


「…明日の天気の話じゃないんだぞ」


「聞けば分かるって」


「そうじゃなくて、なんつーか、反応が普通過ぎるだろ」


困惑したような顔で言われても。


「それがどうかしたのか?」


「どうかって…お前、何ともないのか」


「俺?別に怪我とかないけど」


「ちげぇよ。気持ちの問題」


ランテは何が言いたいのだろう。


「意味が分かんないぞ」


「…そうかよ」


目をそらして苦々しく呟かれ、首を傾げてしまった。



†††



空き教室で珍しく本を読んでいたときの事、最近では慣れたことだが、ランテがやって来た。


「よっ。今日はお昼寝しねぇのか」


「うん、読書」


この人も大概暇だなぁと思う。

それにしても、


「よくここにいるって分かったな」


裏庭とかなら兎も角、使われてない部屋のたくさんある中、どうして分かったんだろう。


するとランテは肩をすくませた。


「音楽室から見えたんだ」


「へぇ…」


音楽室とはまた。


「俺、チェンバロ得意なんだぜ?」


「そうだったんだ」


「今度聞かせる」


「おう」


チェンバロは貴族様のたしなみである。

この人、確かに身分高そうな顔してたなと思った。


「お前の興味ある事って何?」


ランテは俺が読書をしていても構わず話し掛けてくる。


「特にないな」


鬱陶しくはないので別にいいけど。


「本当、そんな感じだよな」


そう呟いたランテの手が不意に伸びてきて、頤をそちらへ向けられた。


「なに」


ようやく視線を合わせた俺にランテが目を細める。


「俺の事もどうでもいいんだ?」


「まぁ」


言ってしまえばそうである。


「家族すらそうなんだもんな」


「だったら何」


何となく責められてるような気がして居心地が悪い。


自然に強まってしまった口調をどう捉えたのか、ランテがぐっと顔を寄せて来る。

今度はなんだと身構えるより先に、噛みつくように口内を貪られた。


抵抗も意味はなく、やっとで解放された時には息も絶え絶えである。

全く、どういうつもりなんだ。


「これでも俺の事どうも思わねぇの」


「…意味分かんないっつの」


何でこの人苛立ってるんだろう。

橙色の双眸に強く射抜かれ、目を瞬いてしまう。


「それとも、慣れてるのか?こういう事」


唇を指の腹でなぞられ、ゾクリと背が震えた。ランテは嘲るような笑みを浮かべている。


「こんな事してくるヤツ、あんたくらいだ」


しかしそれは途端に苦々しい顔に変わった。

俺は全くその心境の変化に着いていけない。着いていこうとも思わないけど。


「…その目が好きなんだけどなぁ…でもやっぱ気に入らねぇ」


ランテはぶつぶつ言ってじっと目を覗き込んでくる。

だから俺も、近くで見ても整ってると思えるその顔をじっと見るはめになった。

漆黒の髪の隙間から覗く橙色の瞳は、よく見るとうっすら銀色が散っている。真っ暗な闇と橙色の月と銀の星屑…。


「…何考えてる?」


「あんたの事」


「俺が何だって?」


「色味がさ、まるで夜の化身だな」


一瞬きょとりとしたランテ。それから艶やかな微笑が浮かんだ。


「お前を宵闇に呑み込んでやろうか」


「やなこった」


「絶対引き摺りこんでやる」


そうしてまた唇に噛みつかれ、呑み込むんじゃなくて喰らってるじゃないかと心の中でツッコミを入れた。



†††



学舎の物見台から眼下を眺める。

ここは闇側の建物で、古くは要塞としての役割を果たしていたとか。なるほど、高台にある上に、実に眺めが良い。


「あの街に行ったことあるか?」


「ううん」


「次の休みに行こうぜ」


「おう」


会話の相手は言わずもがな、ランテである。

彼は有言実行なので、結局のところ、俺の返事がどうであっても結果は変わらない。


「ここ来るまでどうやって生きてた?」


「旅してたんだ」


「一人で?」


「変事があった後だからな」


後ろから俺を抱き込んだランテに髪を撫でられる。この人はスキンシップが激しい。


「人恋しくなかったか」


「別に」


「ずっと一人で生きてきたんじゃないんだろ?」


「昔はね」


それは過去だ。


「これからは俺と生きろよ」


「嫌って言っても聞かないだろ」


「ああ。でも、お前にも俺を求めて欲しいな」


それは…


「それは、多分ムリじゃない?」


誰かを求めるとか考えられない。人は、物よりタチが悪い。


「怖いのか?」


どくり、心臓が嫌な音を立てた。


「…なんの事」


なんで訊いたんだ。聞きたくないのに。


ランテはわざわざ屈んで俺の耳許で話してくる。


「失うのが怖いんだろう」


身体が反射的に逃れようと暴れだす。しかし、絡みつく腕の力が強くてそこから逃れる事は出来なかった。


「放せっ」


「厭だね。ちゃんと俺をお前の中に生きて存在させるまで、離す気はねぇよ」


ああ、嫌だ。

ランテは本当にそれをやり遂げるだろう。そしたら俺は自由じゃなくなる。捕らわれてしまう。


「いやだ」


耳を塞ぎたいのに、腕ごと束縛されている。


「俺が嫌いか?」


「、きらい、きらいだからっ」


「いつも触れても嫌がらないくせに?」


「やだ、きらい」


止めてくれ、壊れてしまう。


「じゃあなんで泣いてるんだ」


そんな顔して、と下がった眉を撫でられ、涙を吸われた。

愛しげに覗き込んでくる橙色の目を見たくなくて、目を瞑る。


全部、なかった事にしよう。

過去にしてしまおう。

まだ間に合うはずだ。


「パズー」


咎めるような声の後、上向かされて唇に噛みつかれた。

甘い痺れに最後の壁まで融かされてしまいそうだった。


身体に馴染んだ大きな手。包み込むような後ろの体温。

心が解ける感じ。このままじゃ、


そのとき、ふと動きを止めたランテが何事もなかったかのように呟いた。


「…俺、もう会いに来ない方がいいか」


一瞬、意味が分からなかった。


「っ、そ、してくれ」


声が震えた。

ランテは有言実行だ。決めたら必ず実行する。


「俺の目を見て言ってみろよ。したらもう、構わねぇから」


そろりと視線を上げると、何を考えてるか分からない橙色の瞳と目があった。


「ほら、どうして欲しいって?」


なんで声が出ない。


「ん?」


「…もぅ、ぉれに、かまうな」


辛うじて出せた声。

胸が痛い。肩が震えた。


「…分かった」


あっさり外された腕にぎょっとする。

なんでこんなときばっか言うこと聞くんだ。


「何?」


気怠げに聞き返され、慌てて首を振る。


「手」


言われて自分がランテのシャツを掴んでいる事に気付いた。

外そうと思うのに、石にでもなったかのように動かない。


「離してくれねぇと、動けないんだけど?」


俺なんてものともしないくせに。

でも放したら、本当に行ってしまう。


「なんだよ。離れて欲しいっつったの、お前だぜ」


言った、けど。だってランテは俺の意見なんて聞かないし。本当に離れてくなんて思いも…


ハッとする。


俺はとっくにランテを受け入れてた…?


「…なんで、わざわざ…」


気付きたくなかった。ランテなら、俺に気付かせずに傍に居させる事も出来たはずだ。


そこで思い出す。


そうだ、俺にも求めさせるって、言ってたっけ…。


手を放し、ぽふりとランテに倒れ込む。当たり前のように支えてくれた腕。


「…いじわる」


背伸びして首に腕を巻きつければ、俺に合わせて屈んでくれた。

少しも戸惑いがないことに腹が立って、いつもされてるように厚みのある唇に喰らいついてやった。


絡みついて来た舌が何より雄弁に語っていた。


「嘘つき。離れる気なんてないくせに」


「お前に言われたかねぇよ、鈍感」


頬を舌が這って、まだ涙が出ていたんだと知る。こんなに泣いたのは久しぶりで頭が重い。


「寝ろ。安心しろよ、ずっと居てやるから」


優しい口付けの後、頭を撫でられ、座る台に横になる。


「俺は過去にはならねぇよ」


その言葉にまた目の前がぼやけてしまった。

故郷も家族も喪ったもの全部、とても大切だった。でも、何より自由でいたくて、情を捨てたのだ。囚われないために。捕らわれないために。


それなのに。


「…あーあ」


「なぁ、俺もお前だって思えばいいんじゃねぇ?他者じゃなくなればお前の厭うものは何も生まれねぇだろ」


俺を知り尽くしているかのような口をきくランテ。

確かにそれはそうだと納得してしまう。それでも、生きてる限り必ず訪れる別れが頭を過る。


「俺が死ぬより前に、必ずお前を殺してやるよ」


本当に、なんで考えてる事が分かるんだろう。


「心、読めるのか?」


「そうだって言ったら?」


「…どうでもいいけど」


何を思っても今さらだろう。


くつくつ笑いだした所を見るに、ランテは本当に心が読めるのかもしれない。




「おやすみ」


遠ざかる意識の中、夜の祝福を願う声が確かに聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ