名前
校長先生の挨拶とか、国家斉唱とか、そんな儀式みたいなものは退屈でしかなくて、私は重たくなる目蓋を何度も擦って眠気に耐えた。
入学式が全て終わったのはだいたい12時くらいだった。これからお世話になる担任の先生から、各自教室に戻るようにと指示を受けた。
「あーもう、やっと終わったよー! 疲れたー……」
友江は私の隣で、腕を上へと力一杯伸ばしている。
疲れた。と言いつつ、表情は寧ろ爽やか。
「本当にね。早く帰りたいよ」
とか言いつつ、私も入学式が終わった途端眠気がすっかり薄れてしまった。
本当に不思議。
「小春っ」
「え、何?」
友江は急に私の襟を軽く引いた。
「もしかしてあの人? 小春が朝見た人っ」
「……あ」
友江の指差す先には、硝子の瞳を持った人。
やっぱり同じ学校の生徒だったんだ。
「確かにあれは目立つね。私的には瞳よりあの金髪の方が気になるけどね。カラコンして、キンパまでして、今時まさか不良とかじゃないよね?」
友江は苦笑い気味に私を見る。
「私は……違うと思うけどな」
「えー…。そうかなぁ」
友江はなんだか心配そうにしていたけど、それでも私はあの人が危ない人だとは思えなかった。
たぶん表情が、とても悲しそうにしていたから。
あの人、なんていう名前なんだろう。
「ま、早く教室戻ろうよ」
「うん、そうだね」
話しを止めて、私達は体育館を出た。
「小春ちゃーん。お母さんと写真撮ろう」
入学式も担任の先生からの話しも全部終わって、1番浮かれていたのは私ではなくお母さんだった。
「えぇー…。いいよ私は」
校門前で記念撮影だなんてベタすぎて恥ずかしい。
見る限り誰もやっていないし。
「いいから、いいから」
「わ、ちょっと!」
ためらっている私に構わず、お母さんは強引に私の腕を引っ張り『入学式会場』と書かれた看板の前まで立たせた。
カメラマン役は友江のお母さんが請け負ってくれている。こうなったらもう断れない。
私は深くため息を付いた。
「じゃあ撮りますよ〜。小春ちゃん前向いて笑顔見せてね」
言われるがままに、カメラに目線を合わせる為に前を見る。
すると友江のお母さんの後ろに、硝子の瞳の人。
春の陽気な天気には、似つかわしくない表情をしている。うつ向いて、どこか寂しそう。
「はい、撮れましたよ……てっ小春ちゃん?!」
気がつけば私は、あの人の元へと駆け出していた。
駆け出して、そして腕を掴んでいた。
「あの、私、佐藤 小春です! 名前教えて下さい」
「……は?」
眉間にシワを寄せて、明らかに警戒しているみたいだった。それを見て私は我に返った。
なにやっているの私! これじゃあただの変な人だよ?!
自分でやっておいて頭は完全にパニック。心臓も壊れてしまいそうなくらいに激しく動いていた。
「あの、いえ、えっと」
「……夏」
「え?」
うつ向いていた顔をもう1度上に戻す。男性特有の低い声が私を安心させてくれた。
「斎藤 夏」
それだけ言って、歩いて行ってしまった。
斎藤 夏