料理人ですが何か!?
前略、遠い世界の友人たち。
このたび俺は…。
トリップしました。
☆
「おい新入り! 次は皮むき!」
「はいよっ!」
投げられた颯爽と受け取り、俺は水場へダッシュ。
昼時の食堂は戦場。
だが、俺はこの喧騒が嫌いじゃない。
水場へ座り込み、さくさくとじゃがいも(?)の皮むきをし始めると、その周りには似たような見習いどもが囲んでくる。
そうだろうそうだろう、俺の皮むきは芸術的だよな!
すごい勢いで減っていく皮つきのじゃがいもたちを、感心したように見つめる彼らに目線はくれず俺は叫ぶ。
「さぼんなおまえら!」
「イヤお前一人で十分じゃん?」
「イイからさぼんなよ!」
ぐだぐだ喋りながら今日も見習いは働く。
ああ…超平和だ…。
平和すぎて、幸せすぎる。
絶妙な力加減で皮むきをしつつ、俺はここ一週間の地獄に思いをはせた。
長かったぜ…。
俺の居場所はここだ…ここにしかないんだ…ッ!
「っつーかなんで皮むきで号泣してんだ新入り…」
「見とれてただけでサボってるわけじゃないんだぜ!?」
慌てる先輩がたなんて目に入らない。
俺は…幸せだ…ッ!
「そういや1週間前に出来た森の陥没だけどさあ」
「あー、魔族が襲って来たんじゃね? ってやつ?」
「どうも魔族の気配はなかったし、なんかの研究が暴発したんじゃって話になってたぞー」
「へー。まあ魔族じゃないなら安心かねー」
ぴた。
俺は皮むきをとめて、ぎぎ、と先輩方へ目線を向ける。
「あ? どした、新入り?」
「あ、え、魔導研究って怖いっすよね、いやあー俺は全然関係ないっすけど!」
「ま、一介の料理人には関係ねーなー。なんかあったら上のお偉いさんがなんとかすんだろー」
「そそっそそ、そーですよね! いやああ怖いなああ」
「…おまえそんなに怖がんなくても、ここは王城の食堂だぜ? ここが爆破されるようなことあったら、この国自体がおしまいだって」
だから安心しろー、なんていう先輩の声を聞きつつ。
俺は握りこぶしを作った。
(絶対言えねえ…原因俺とか…)
一週間前。
俺は、森の中に、唐突にやってきた。
☆
その日は何もない日だった。
普通に寝て、普通に起きて。
目が覚めたら知らぬ服を着て、森の中へ立っていた。
「……はァ!?」
森って!
俺は寝てる間に何移動しちゃってんの意味わかんねェよ!
右を見ても森。
左を見ても森。
上を見れば青い空、そして二つある太陽。
(…二つ、だと…?)
ここはどこだ。
マジで、どこだ。
そう思った瞬間、ポーン、という音がして何かのウィンドウが開く音がした。
『現在地:始まりの森』
…はじまりのもり、ですか。
なんぞこの意味わからんRPG仕様。
目の前にふよふよ浮いているウィンドウはPCで見るようなもので、薄く透けている。
文字は見慣れた日本語だが…。
「何これ…まじでRPGか…?」
呟いた言葉が、なにもいない空間に響く。
その声は頼りないが間違いなく自分の声。
手も足も、慣れ親しんだ自分のモノのように思う。
「こう言う場合って…どうすんだっけ…あれか、ステータス、とか?」
ぽーん。
予想通りと言うかなんと言うか、やはり間の抜けた音がしたと思うと、今度はさっきより大きめのウインドウが俺の前に現れた。
『akira seina(聖名 明)
種族:人間
性別:男
Lv:1
称号:迷い人
status
skill
加護:神様の気まぐれ』
…。
…しょっぱなから突っ込みどころの激しいステータスだなオイ!?
名前はいいとしよう、うん、俺の名前だ。
種族、性別はまんまだ。Lvはまあ、こんな処来るのも初めてなんだから1でもおかしくはない。
称号;迷い人ってなんだよ!
俺は迷子かよ!
そう思った瞬間、詳細表示、という文字が顕れる。
詳細表示?
首を傾げつつ詳細表示ひらけ、と思うとぱらん、と開かれた。
『称号:迷い人』
『神様にうっかりさらわれてきた人』
…おい。
どこが迷い人なんだよ!
誘拐だろ!?!?!
しかもうっかりって!
うっかりって何、俺の存在意義何!?
嫌な予感がしつつ、今度は加護の部分を開け、と念じてみる。
触ろうと思ったが突き抜けるので、このウィンドウはあくまで目で見れるだけのものみたいだからだ。
下手すると他の人は空中に目を固定してぼーっとしている痛い人にしか見えんのかもしれない。
しかし周りに人がいないのでよしとする。
『加護:神様のきまぐれ』
『迷い人に与えられる能力。神様の謝罪。っていうかごっめーん間違えた☆』
…。
…まちがえた、だと…?
つーかいまこの状況見られてんじゃねーのコレ!?
そう思った瞬間、一度閉じて画面が再度開いた。
『加護:神様のきまぐれ』
『迷い人に与えられる能力。神様の謝罪。帰せないので力の限り加護』
…説明文変えるんだ!?
しかも何気に帰せないとかひっでぇこと書いてやがる…。
まぁ力の限り加護って…とりあえず謝罪の意思はわかったけどさ…。
「…はあ…もうなんかいいや…ステータス見ようステータス…」
ステータス、と思い浮かべると詳細画面が開く。
数値が軒並み3桁代だが、この数値ってどんなもんなんだろ。
こういうのよく読んだことあるけど、Lv1って一ケタ数値じゃないのかね?
基準がわからないので次はスキルを開く。
そうするとずらりと並んだスキル。
…えっとこれはなんだ…全部使えるんだろうか?
『魔法スキル:これであなたも魔法使い』
『lv:MAX』
…。
まっくすなんだ…。
Lv1でマックスって…なんか逆に怖いんだけど何が出来るの俺…。
『魔法スキル:詳細』
『攻撃魔法:攻撃できるよ』
『支援魔法:補助が出来るよ』
『生活魔法:一般的な基礎魔法だよ』
『回復魔法:死者蘇生は魂戻しに行くのが面倒だから使わないでほしいな』
…待て。
待て待て待て。
最後何、最後! 死者蘇生までできるのかよ神様かよ俺は!
しかも使うなの理由が面倒…って…神様どんだけ俺に加護与えてんのよ…。
『回復魔法:使者蘇生は代償でかいからお勧めしません』
…いやもういいよ、何会話してんだよこの神様は!
つかわねぇよ怖すぎるわなんだよ代償って!!!
次いこう、次。
えーっと…。
『剣術:剣が使えるよ、基本だよね!』
『LV:MAX』
…ああ、ハイハイ。
俺剣とか握ったこともないのにマックスなんだ? これ筋力足りなくて剣ふれないとかそういうオチなんじゃねーの?
もうなんでもいいよ、って気すらしてきたわ。
『剣術:レベル落とす?』
…。
だから会話いらねぇよ!
神様普通に出てこいよ!
落とさなくてもいいよ、剣持たなきゃいいだけだろ。
ハイ、次!
『一般常識:生活に必要な知識』
『Lv:皆無』
…。
…0、じゃなくて、皆無。
いやいやいやいやいや! 一番大事だろうよ!!!!
何故そこを抑えなかったんだよこのとんでも神様は!?
…しばらく待ってみたが、表示が変わらない。
なんか突かれたくないことだったんか…神様の基準マジわからん…。
次いこう…。
『生活スキル:生活に必要な日常スキル』
『LV平均、5』
…5? ってどうなんだ。
詳細見た方がいいなこれ。5ってマジ何。
ぽーん、と開いてみるとずらーっと並ぶスキル。
そして軒並みLv1か0
かろうじて言語スキルが『日常会話』になってるのが涙を誘う。
おい、言語以外の生活スキルまるでないのかよ駄目すぎるだろ…。
つーか森のど真ん中で生活スキルなしで俺どうやって生きてくのよ…おい…神様…。
あれ。
いっこだけレベル高い?
『料理スキル:料理出来るよ』
『Lv:MAX-経験の恩恵』
…な、なるほど…。
前世(?)の経験は生かされるのか…。
よかった…俺料理人でホント良かった…。
「…いや違うだろ。なんで一介の料理人でしかない俺が異世界トリップなんてしたんだよ!?」
吼えようがなにしようが、応える声はない。
右見ても森。
左見ても森。
先ほど中点にあった太陽は、傾き始めていた。
「どっちにいったらいいかすらわかんねぇ…」
この時俺の精神は多分限界だった。
そして、次の瞬間思った事は…。
『森があるなら薙ぎ払えばいいじゃない』
視界確保ー。
と、思ったのかどうだったか。
気づけば俺は攻撃魔法(風)で森を薙ぎ払い…。
数10m森を削った後、見えた城っぽいものを目指してひた走ったのだった。
☆
人は言う。
芸は身を助く、と。
森を爆走して来た割に疲労度を感じなかった身におののきながらも、俺は一つのことを決めた。
『料理人として生きていこう…』
神様が何を俺に希望したかとか知らん。
俺は料理を作るだけだ! と。
そしてその足で食堂へ乗り込み、料理人に土下座して見習いとして雇ってもらった。
その気迫は本当に危機迫っていたという…。
これは神様のきまぐれでトリップした俺の…。
どこからどう考えても平凡な人生を歩めそうにない俺の抵抗の第一歩であった…。
☆
友人たちへ
今日も元気に生きてます。
草々
ひたすら神様に嘆く青年の話を書きたかった。