5.台風注意報
(11:50……あと10分か)
圭介は携帯のディスプレイで時間を確認して、ソワソワとあたりを見回した。
ちょっと早く来過ぎただろうか?
一瞬そう思ったが、仕方ないだろう。
昨日の夜から楽しみで、一睡もしてないのだ。
寝る気にもなれなくて、約束の一時間前から弘樹が早目に来ても良いように待っている。
弘樹と出かけた事なんて腐るほどあるが、自分の気持ちを自覚した中学のころから2人で出かける時はこんな感じだ。
自分でも、遠足を待つ小学生みたいでおかしいとおもう。
けれど、仕方ないのだ。
(弘樹……早く来ねぇかな)
自分ではどうしようもない。
圭介は途方もなく思える片思いに溜息をつきたくなったが、それでも弘樹が来るのを心待ちにしている自分に苦笑をもらした。
(あーあ。重傷だなぁ)
「水沢……?」
圭介との待ち合わせ場所に向かう途中に聞き覚えのある声に呼ばれて弘樹は辺りを見回した。
「こっちこっち」
「黒部さん」
声のした方を見ると、会社の上司である黒部 修哉が長い足を組んでオープンカフェのテラスの席でパソコンを広げながら座っているのが目にはいった。
「やっぱり水沢か。もしかしたらそうかな、と思ったんだ」
黒部は先に勘定を済ませていたのか、テーブルの上のコーヒーはそのままに、ノートパソコンを折りたたむと席をたって店を出てきた。
「ちょうど帰るところだったんだ。その様子なら駅の方に行くんだろう? 一緒に行ってもいいかな」
弘樹が向かっていた方向は一歩道で、先には駅しかない。
「はい、良いですよ。」
弘樹は快く了承した。
こんな所で黒部に出くわすなん
て幸運だ。
弘樹は黒部と日頃比較的親しくしていて、弘樹は密かに黒部に憧れを抱いていた。
スラリと長い肢体に、整った顔。
仕事も出来るし、人柄も申し分ない。
まさに非の打ち所がないような人なのだ。
「黒部さんって家こっちじゃ無かったですよね。 なんであそこに居たんですか?」
「え? あぁ、仕事でちょっと用があってね。」
「凄いですね、日曜にまで」
「そうでもないよ」
黒部は弘樹が務める会社の社長の1人息子だ。
と言っても血のつながりは無く、子供がいない社長が引き取った養子の子で、それは社内でも公然の事実であるが。
「僕なんて、施設から引き取って育てて貰ったんだからこれぐらいして当然なんだよ。まだまだ足りないくらいなんだから」
そう言って、自嘲気味に苦笑する黒部に弘樹は思わず眉を寄せた。
なんだか……
「黒髪さん。そんな考え方、良くないですよ」
「え?」
キョトンととした黒部に弘樹はずいっと詰め寄った。
「俺は今、単純に黒部さんが凄いと思いました。黒部さんが頑張ったことを、養子だからっていうのを理由に無かった事にしないで下さい。それじゃ、いくらカンバっても意味ないじゃないですか。少しは自分を労わってくださいよ」
弘樹は思わず力説したあと、キョトンとした黒部と目が合って、はっと我に返って恥ずかしさのあまり赤面した。
それを見て、黒部がふっと笑いを漏らした。
「……ははっ! 前から思ってたんだけど変わってるよな、君」
「そう……ですか?」
なんだか釈然としない表情で弘樹は黙りこんだ。
「普通、会社の上司に説教かまさないとおもうけど」
「なっ……! 説教なんて……!」
してない! と言いかけて、果たしてそうだろうかと弘樹はまた黙りこんだ。
あれは、説教……だったのだろうか?
「ま、何にしても。僕は君のこと、気にいっちゃったみたいだ」
「は? え?」
綺麗な顔に微笑を浮かべている黒部に、弘樹は何故かよからぬ予感を覚えた。
な、なんだ……?
「あ、僕こっちだから。水沢は?」
駅の改札前で、右側の階段を指指して黒部が言った。
「あ、俺は時計台のとこで人待つんで」
「待ち合わせ? 誰と?」
「あ、香坂です。香坂圭介。」
別に隠す必要もないかと弘樹は正直に言った。
同じ会社の同じ課なんだから、もちろん面識はあるはずだ。
「香坂……? あぁ、そういえば仲よかったっけ」
「はい。幼馴染なんで」
「へぇ」
黒部は何故か興味深そうに2、3度頷いた。
そんな黒部に、弘樹は思わず首を傾げる。
「まぁ、今日はこれで。また明日」
「あ、はい。また会社で」
手を降って改札をぬけて行った黒部を見送って、弘樹は腕時計を見た。
(おっ、時間五分前。ちょっと急ぐか)
いつも何故か早めに来ている圭介の顔を思い出して、弘樹は待ち合わせ場所へと駆け足気味に急いだ。