4.夕立ちな気持ち
「ただいまっ!」
バタンっと勢い良く後ろ手でドアを閉めて、弘樹はムスッとむくれた顔で帰宅した。
リビングへと続くドアから顔を出した歩がそれを見て眉を寄せる。
「お帰りー……て、ヒロ? どうしたの? 怖い顔して」
「……別に。何でもねぇ」
顔を背けて吐き捨てる様に言う。
弘樹は一瞬あの男のことを歩に話そうかとも思ったが、思い出して苛立ちが増しそうなのでさっさと忘れることにした。
「ま、それならいいけど。お弁当は? 」
「あぁ、ちゃんと買った。圭介は?」
「ベランダで電話してる」
歩はコンビニの袋からシャケ弁当を取り出した。
「ふーん」
弘樹も袋から唐揚げ弁当を取り出す。
すっかり腹が減ってしまった。
きっとお腹が空いているからイライラするんろう。
「電話、誰からなんだ?」
弘樹がベランダの方を見ながら言うと、歩は首を傾げた。
「さぁ? なんか揉めてるみたいだったけど」
「へぇ。珍しい」
圭介は基本誰とでも打ち解けられるから、あまり誰かと揉めているのを見たことが無い。
孝一は例外だが。
なら電話は孝一だろうか?
いや、でも圭介と孝一はあの店以外では接点はなく、プライベートな付き合いは無いはずだ。
お互いの携帯番号なんて知らないはずだろう。
(ま、本人に聞けばいいか)
「あれ? 弘樹帰ってたんだ」
ベランダの網戸を開けて戻ってきた圭介は少し疲れた顔をしていた。
「なんの電話だったんだよ?」
「ん? あぁ、まぁ…ちょっとね」
苦笑して圭介はそれ以上何も言わなかった。
弘樹はその様子に思はず顔を顰めた。
「それより腹減ったぁ。俺の弁当なに?」
「え? あぁ、唐揚げ。それで良かったよな? リクエスト聞いて無かったから」
「流石は弘樹。俺の好み分かってるな」
「そりゃどうも」
嬉々として弁当を袋から取り出す姿にはさっきまでの疲れは見えなくて、弘樹はなんとなく
ホッとした。
弘樹と圭介は幼馴染であり、歩は従兄弟でしかも近所に住んでいたから、三人は小さい頃はいつも一緒だった。
中学までは同んなじ地元の学校に通い、高校は三人とも別々に進学した。
そのせいで、高校の間は少し疎遠になったりもしたがやはり時々会ったりしていたし、大学は皆同じ所に通って弘樹は2人のことを誰よりも分かっているつもりだった。
しかし、そうでは無かったのだと気づいたのは半年ほど前のことだった。
『俺、弘樹のこと好きなんだ』
いくら付き合いが長いからと言って、相手のことを全て理解できる筈など無かったのだ。
歩のことも、圭介のことも。
全て知る必要など無いと頭では分かっていたが圭介の告白を聞いたあと "裏切られた" と思った。
衝撃が強すぎて動揺して歩には直ぐに悟られてしまったが、歩は平然と言ってのけたのだ。
「19年も一緒にいて、気づかない方がおかしいよ」と。
その言葉で弘樹は気づいた。
自分が感じている、傷ついた気持ちの何十倍、何百倍も圭介は苦しんだんじゃ無いだろうか?
弘樹は知っている。
自分の本心を隠すことの苦しさを。
それに恋愛感情かは別にしても圭介は弘樹にとって間違いなく大切な存在だ。
『ちょっと、考えさせてくれ。お前は俺の大事な友達なんだ』
「んじゃあな、弘樹。明日のデート忘れんなよ?」
「デート言うな。忘れてねぇよ」
「じゃ、また明日な」
そう言って玄関で靴を履いて不敵笑うと、圭介は出ていった。
「フーン……ヒロ、明日圭介とデートなんだ?」
いつのまにか横に立っていた歩が、探るようにこちらを見ていた。
「ちげーよ。遊ぶだけ」
「遊ぶって、なにして?」
「全部あいつが考えてくれるって」
「なんだ。やっぱりデートか」
「なんでだよ。違うって」
弘樹がムッとして言うと、歩は一つ溜息をついた。
「そう思ってんのはヒロだけだよ」
そう言ってリビングに戻った歩に弘樹は小さく「なんだよ、歩のヤツ」と呟いたのだった。
圭介の告白については、番外みたいな感じで書きたいと思ってます!
たぶん……(^^;;