3.晴れのち雷
龍心を出ると、弘樹はタバコをふかしながら照りつけるような太陽に目を細めた。
「やっぱりまだ熱いな」
後から出てきた圭介が弘樹の横に並んで、独り言みたいにつぶやく。
弘樹は圭介が来たのを確認すると、ゆっくりと歩き出した。
「にしてもさぁ、今年の夏は何処にも行けなかったなぁ」
「そうか? 俺は歩とかと結構遊んだけど」
「そぉじゃなくてさぁ! 俺とお前がだよ!」
隣で力説する圭介を弘樹は完璧に無視する。
「おいっ、弘樹! そんでものは提案なんだけど」
「却下」
「まだ何も言ってないって」
「聞かなくても分かるっつーの! どうせ週末どっか行こうってんだろ? 何年一緒に居ると思ってんだ」
「流石は弘樹」
「何かムカつく」
機嫌悪く弘樹が愚痴るのも構わず、圭介は「どこ行きたい?」と訪ねてくる。
どこまで図々しいんだ、こいつ。
「行くっていってねぇ」
「ダメ、決定だから」
笑って言う圭介に弘樹は溜息をつく。
「横暴だな。たくっ、 奢りだからな」
「わーかってるって」
今にも鼻歌を歌いだしそうな圭介に弘樹は呆れながらも微笑した。
「たぁだいまー」
「おー、おかえり歩」
「あれ? 圭介?来てたんだ」
玄関で靴を脱いでいると顔を覗かせた圭介に歩は少し驚いてみせた。
「あの時以来じゃない?」
「ん? あぁ、そうだったな」
「もう決着はついたの?」
真剣に訪ねてくる歩に圭介は軽く笑って見せた。
「決着っつーか……開き直った感じかな」
「開き直ったって……ヒロは圭介が自分を好きなこと、受け入れたの?」
「んー……告って最初の方は流石に気まずかったけど。弘樹は俺を友達として大事だって言ったから。だったらアタックあるのみ?みたいな」
「タフだねぇ」
感心する歩に圭介は苦笑した。
「おい、圭介。メシ……って歩?帰ってたのか」
「ただいまヒロ」
「歩、俺ちょっとメシ買いに行ってくるわ。コンビニの弁当でいいよな?」
「うん、いいよ。行ってらっしゃい」
「あっ、俺も行く!」
「いいって。コンビニくらい1人で行かせてくれ」
圭介の残念そうな顔に見送られて弘樹は部屋を出た。
九月でも流石に夜になると多少涼しい。
弘樹は徒歩五分ほどのコンビニを目指して、ブラブラと歩いていた。
(そういえば……)
すっかり忘れていたが、ちょうど一週間ほどまえにあのコンビニの前で出会ったおかしな男のことを思い出した。
「あいつ、誰だったんだ? 人違いか?」
にしては、向こうはちゃんとこちらの名前を知っていた。
ありがちな名前だが、偶然……と言うことは無いだろう。
(昔の同級生とかか?)
しかし、ただの同級生と言うには、なんだか意味深な言い方だったようにも思う。
なんにしても、もう会うことも無いだろうから考えても仕方がない。
「やめよ」
ひとり呟いて、頭上を見上げると、綺麗な満月が煌煌と輝いていて弘樹は何故かいい様のない不安を覚えた。
自動ドアをくぐって、弘樹は来慣れたコンビニに入った。
「ぃらっしゃいませー」
やる気なさげな定員の声を聞き流しながら、早速弁当を物色し始める。
(あーっと、歩はシャケ弁で圭介は唐揚げかな……俺はどーしよ)
じぃっと弁当を見ながら、弘樹は唐揚げと海老フライのどちらかかで迷った。
どちらも、あと一つだ。
「あー、迷う」
弘樹が弁当と睨みあっているっとふと横から伸びてきた手がひょいっと海老フライ弁当をとった。
「あっ」
つられてとった主に視線を向けると、弘樹は動揺した。
「あんた……」
「なに、今度は俺の事覚えてんの? 水沢」
弘樹の顔を見て海老フライ弁当を片手に、男はニヤリと笑った。
「……知らねぇよ、あんたなんか」
男の小馬鹿にしたような笑い方に、弘樹はムッとして機嫌悪く言った。
「あっそ。まぁ、期待はしてねぇけど」
男は飄々と言った。
この間とは打って変わって男はジーンズにTシャツというラフな格好だったが、それでもなぜが男が着るとかっこ良く見える。
それが、理不尽と知りながらも弘樹には何となくムカついた。
「ほんと誰なんだよあんた。なんで俺のこと知ってんの」
「さぁ? なんででしょうね?」
「真面目に答えろよ」
からかう様に言う男に弘樹は益々不快感を示した。
なんだか気に入らないヤツ。
「名前は?」
「田中 太郎」
「だから真面目に答えろよ!」
弘樹が抑え気味に怒鳴ると、男は急に悲しそうな顔をした。
微かに目が潤んでいるような気すらする。
「ほんとなのに……やっぱりおかしいよな……俺の名前」
「えっ! あ、いや、そんなことは……」
「いや、いいんだよ。分かってるから……」
男は顔を伏せて、暗い声音で呟いて自傷気味に笑った。
「あ、いや! そんなつもりではなくてですね」
「ぷっ」
「え?」
オロオロしながら弘樹が弁解しようとしていると、顔を拭いていた男がもう耐え切れないとばかりに笑いだした。
「な、なんだよ!」
「もう我慢できねぇ! 普通信じるか? しかもなんで敬語?ハハッ、お前バカなの?」
「嘘ついたのかよ! 信じらんねぇ! どこまで性根腐ってんだよ!」
「いや、まさか信じるとはおもわねぇから。俺そんなに迫真の演技だった?」
バカにしたように言う男に弘樹はこめかみをピクピクさせて、あまりの怒りにここでぶん殴ってやろうかという考えが頭を過った。
(いや、ダメだ。ここは一応公衆の面前なんだ)
弘樹はなんとか怒りを抑えて、残った唐揚げ弁当をひっ掴むとレジで会計を済ませた。
そして、そのまま男の方を見ないようにして自動ドアを潜ろうとする。
「おい、水沢」
直前で呼び止められ、弘樹は反射的に立ち止まった。
「俺、唯川。唯川 聡志」
「きいてねぇよっ! わざわざ教えんなっ!」
弘樹は吐き捨てるように言って閉まりかけた自動ドアを潜った。