表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

第7話 走りだしたい夜もある

「可愛がっているうちに、暖かい家庭とやらができあがった。柄にもなくね。あのときが、私の人生のピークだったよ」


 灰皿に押し付けられたタバコから、重く苦い煙が細く立ち昇る。


「その子は飢えと病で死んだ。王政、つまりトラヒムの犠牲になってね」

「そんな……」

「だから最初、あんたがここに転がり込んできた時……カッコウの雛かと思ったね。こき使って、野垂れ死にさせてやろうと考えたもんさ」


 その時のコヴィ様の目を、私は今でも覚えている。永久凍土のように冷たく、一切の光を拒絶するような瞳だった。


「……でも、コヴィ様は私を見捨てなかったですよね」

「あんたが、馬鹿みたいに真面目だったからだよ」

「え?」

「見てないところでも、手を抜かなかった。普通のガキは隠れてサボるもんだ」


 見てないところをどうやって監視していたのよ、とツッコミたかった。けど怖いので、やーめた。


「あと便利だったし」

「言い方……」


 前世の知識と、王宮での教育。それがこの辺境の農家を、何度か飢饉や災害から救ったのよね。そのときから、コヴィ様も私を褒めてくれるようになった。


「それにあんたの持ってるその布切れ、昔っから子供の守り札として縫い込んでやる習わしがある。私も同じ物を娘に編んでやった」


 視線を落とす。私の手元にある手拭いには、テレサ様の少し不格好な刺繍が縫い付けられていた。


「単なる家具としての娘じゃなかったわけだ……だが、よりにもよって奴の娘とはね」


 窓の外を見ながら、両手を広げるコヴィ様。逃げちゃいけない、確かめなくてはならない。この人の本当の気持ちを。


「私のこと、どうしたい……ですか?」


 石像のように考え込むコヴィ様。私は息を止め、冷や汗を流していた。その緊張を気にすることなく、彼女は突如ケタケタと笑い出した。


「あんた、あいつにちっとも似てないね。父親の名前間違えてんだろ?」

「はい!?」


 いくら落ちぶれたとはいえ、バカにしすぎだろ。玄関に立て掛けた鍬で、この人の頭を本気で耕してやろうかと思った。


「気が済んだら風呂を沸かしな。私が今あんたにさせたいことなんて、それくらいだよ」

「……了解です」


 まあいっか。私は何事もなかったように微笑み、かまどに向かう。すると、急に肩を掴まれる。


「逃げたいなら教えな、一緒に走ってやるよ。ちょうどこのワガママボディを持て余してたところだからね」

「やだ、惚れちゃう」


 軽口で返したものの、胸の奥がギュッと締め付けられる。本当は思い切り甘えたい。でもこれ以上、家庭や王家の理不尽な泥沼に、この人を巻き込むわけにはいかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ