表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日はどんな日【雑記】  作者: 駿河晴星


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/13

【SS】彷徨う男

 男は、ショッピングモールの中を歩いていた。


 閉じられた空間がないか探している。

 個室のトイレが最適だと思い探すが、見当たらない。


 看板が出ているはずなのに、男の目には映らなかった。


 男の両腕には、人一人分の体重が乗っていた。

 女のものだからさして重たくはない。


 女は、青白く、そして、冷たかった。


 彼女の魂は、既に天へと昇り、ここにはない。


 動かないはずの彼女の体は、男の歩みとともに上下に揺れていた。


 女の亡骸を抱き歩く男の姿は、誰の目にも異様な光景だったに違いない。


 しかし、大勢いるはずのショッピングモールの客も店員も、誰一人として男を視界に入れる者はなかった。


 男は、焦っていた。


 急がなければ。


 どこか個室はないものか。


 この建物に入るまでに、ホテルや漫画喫茶なども探した気がする。


 どちらも街にあるはずだが、男の選択肢からは外れていた。

 外した理由はわからない。


 閉じられた空間で、女の亡骸と何をしようというのか。


 男と女は、恋人だった。


 彼女の生前を懐かしみ、最後のまぐわいでもしようというのか。

 その冷えた体に、まだ、愛を伝えようというのか。


 男は結局、ショッピングモールを後にした。


 どういう道を辿ったか覚えていない。


 次に着いたのは、スーパーマーケットだった。


 一階建ての、食品と少しの日用雑貨と小さなパン屋があるだけの、ごく普通のスーパーマーケットだ。


 海が近い気がする。


 実際に見たわけではない。

 波の音を聞いたわけでもない。

 潮の匂いでも、男の鼻腔をくすぐったのだろうか。


 男は、スーパーマーケットに入ろうとする。

 やっと、個室のトイレが男の視界に映ったのだ。


 しかし、自動ドアをくぐる手前で、緑の三角巾とエプロンをつけた、細身の小母さんに声をかけられた。


「あっちだよ」


 小母さんは、それだけ言うと品出しに戻った。


 男は、小母さんが指差した方へ向かって歩き出した。


 辿り着いたところは、広場だった。


 中央が舞台になっており、その舞台を取り囲むように席がある。


 席と言っても、高めの階段があるだけで、椅子が置かれているわけではない。


 しかし、冷たいコンクリートの、灰色で無機質の、長年の雨跡で黒く汚れたその階段に腰掛けている人は何人かいた。


 階段を降りると、舞台の真ん中に人が集まっていた。


 舞台の真ん中には、直径一メートルほどの窪みがある。


 その窪みの中には、細かい灰が積もっていた。

 風で飛ばされないことが不思議なほど無造作に。


 けれども、ここの灰が尽きることはないだろう。


 男はそう思った。


 窪地の周りにいる人々は、しゃがみ込み、灰の山に長い線香を突き刺し、お経を唱えている。


 男も、彼らに従った。


 男の腕から、女の亡骸が消えている。

 代わりに、どこで手に入れたのか、長い線香と経本があった。


 灰の中に線香を突き立てた。

 倒れないよう深く差し込む。


 火をつける。

 細い白煙が天に昇った。


 男は、経本のいつものページを開き、唱えはじめた。



2021.12.28(令和3年12月28日)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ