2
金属がぶつかり合う音が、低く響いた。
カチャ。カチャ。
私は鉄格子の向こうで目を覚ました。
汗と湿った土、そして錆の匂いが鼻を刺す。両手首には手枷、足にも同じように枷が嵌められている。短い鎖が動きを制限していた――座ることはできるが、逃げることはできない。
周囲には人が並んでいた。
私と同じように檻に閉じ込められている者。
そして、その外側に立つ者たち――身なりは整い、清潔で、興味深そうな視線を向けている。
その視線は、遠慮なく檻の中の身体をなぞっていた。
値踏みするように。
――奴隷市場だ。
喉が鳴る。
私は、見世物にされている。
年老いた男が、私の檻の前で足を止めた。
高価そうなローブ。指には金の指輪がいくつも嵌められている。
「半エルフか?」
「黒髪……東方貴族の特徴だな」
「庶子だろう」
「価値は高くない」
「値はいくらだ?」
「二百ゴールドだ」
商人は淡々と答えた。
二百ゴールド。
安い。
代わりはいくらでもいる。
私は視線を落とした。
手首の鎖が、鉄以上に重く感じられる。
そのとき、群衆が動いた。
ざわめきが静まり、代わりに前方から一つのはっきりした声が響く。
男が舞台に上がる。――主催の商人だ。
なぜか、見覚えがあるような気がした。薄く整った笑み。
何でも売り慣れている者の顔だ。
……人間でさえも。
「さあ、皆さま。お集まりください」
群衆が前へ詰め寄る。
「まもなく――特別奴隷イベントを開始いたします」
囁きが一斉に広がった。
「珍しい品らしい」
「上位魔術師だって噂だ」
「こんな時に限って金が……」
数人が私の檻へ近づき、厚い黒布を投げかけた。
世界が、闇に沈む。
檻が持ち上げられた。
鎖が激しく鳴り、乱暴な動きに体が揺さぶられる。
布越しでも歓声が聞こえた――近づくほどに、熱を帯びていく。
やがて、舞台の上に置かれた。
布が引き剥がされる。
光が、目を焼いた。
「特別奴隷、第一号――」
商人の声が会場に響く。
「東方貴族の特徴を持つ黒髪の半エルフ。
開始価格は――二百五十ゴールド」
歓声が弾けた。
再び、無数の視線が私を射抜く。
この舞台……明るい。
明るすぎる。
その光が、なぜか過去の記憶を呼び起こした。
――死ぬ前の、記憶。
かつて私は、こうして舞台に立っていた。
スポットライト。音楽。歓声。
何千人もの声が、私の名を叫ぶ。
歌い、踊り、笑う――すべては注目を集めるため。
私は有名なミュージシャンだった。
――セレブリティ。
女たちは簡単に恋に落ちた。
あまりにも簡単に。
人気は私を酔わせ、その役割を楽しんでいた。
私にとって、女はその世界の一部に過ぎなかった。
利用して、捨てるだけの存在。
振り返る必要すら、なかった。
その後に何が残るかなど、考えもしなかった。
――
「二百七十!」
「二百八十ゴールド!」
競りの声が、私を現実へ引き戻す。
再び歓声が上がる。
かつてと同じだ。
ただし――今、叫ばれているのは私の名ではない。
私は、もはや称賛される男ではない。
――商品だ。
見知らぬ男たちの前で売られる、
半エルフの女奴隷。
かつては、視線を楽しんでいた。
今は、その視線が肌を汚すように感じる。
舞台は同じ。
歓声も同じ。
違うのは、私の立場だけ。
そして今になって、ようやく理解した。
――選択肢を失った人間の価値が、
どれほど安いものかを。
「――四百ゴールド」
低く、かすれた声が前方から響いた。
太った男が一歩前に出る。
脂肪に埋もれた顔は深い皺に覆われ、指には無数の指輪が光っていた。
迷いは一切ない。札を掲げるその動きは、まるで当然の権利を主張するかのようだった。
ざわめきが一気に広がる。
「四百だと……?」
「半エルフに、あの値段?」
「正気か?」
「何か知っているのか……?」
貴族たちが顔を見合わせる。
舌打ちする者、苦笑する者。
その価格は高すぎた。
“商品”としての私には、不釣り合いなほどに。
競売人は目を細め、薄く笑った。
「四百ゴールド。前列のお客様からです。ほかにいらっしゃいますか?」
一瞬の静寂。
札を上げかけ、ためらって下ろす者。
小声で計算を始め、首を振る者。
――誰も、動かない。
「四百ゴールド……一回。」
沈黙。
「四百ゴールド……二回。」
私は、息を止めていた。
「四百ゴールド――」
カン。
木槌の音が、はっきりと響いた。
「落札です。」
小さな拍手と、失望混じりのざわめき。
競売人は男の方へ向き直る。
「おめでとうございます。特別商品第一号は、あなた様のものです」
男の視線が、ゆっくりと私に向けられた。
――値段に見合うかどうかを確かめるような、冷たい視線。
彼は懐から小さな袋を取り出し、競売人へ放った。
金属がぶつかり合う音。
「数えろ」
競売人は袋を開け、机の上に金貨を広げる。
黄金の輝きが、舞台の光を反射した。
その間に、男は檻の前まで歩み寄ってくる。
一歩。
また一歩。
私は反射的に後ずさった。
だが、背中はすぐに鉄格子にぶつかる。
手首の鎖が、かすかに鳴った。
逃げ場は、ない。
男は檻のすぐ前で立ち止まった。
欲情も、怒りもない。
ただ――所有物を見る目。
そして、唇が歪む。
不気味で、ねっとりとした笑み。
「なあ……」
低い声が、耳元に落ちる。
「お前、まだ処女だろ?」
ぞくり、と背筋を何かが走った。
その一言で、体中の産毛が逆立つ。
喉が詰まり、息の仕方を忘れる。
歓声は、もう聞こえない。
舞台は静まり返っていた。
残っているのは――
この男の視線と、逃げられない現実だけ。
私は、売られた。
そしてこの男が――
私の、新しい主人だ。




