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出所

「被告は全く反省がないばかりか、竜宮城から身請けしたなどと、50歳近くにもなる大人ならもう少しマシな言い訳を考えろと思わざるを得ない幼稚な言い訳を繰り返し、被害者の人権と尊厳を踏みにじった。今でも被害者は自分は鰯だと言い張っており、被告によって植え付けられた妄想によって苦しんでいる。犯行は極悪非道の上、再犯の恐れは極めて高いと言わざるを得ない。よって懲役10年の実刑に処す」


 そう言って女性の裁判長はカンカンに怒って私に判決を申し渡した。


 刑期の間、誰も面会には来なかった。妻からは離婚届が送られてきたのでハンコを押して送り返した。


 誰からも何も手紙は届かなかったが、唯一私宛に届いた差出人不明の封筒の中には、魚の干物がたくさん入っていた。カメ吉がきっと送ってくれたのだろう。


 出所の日、私は電車に乗ると、いつしか南房総のいつもの砂浜にたどり着いていた。


 砂浜にはカメ吉がいて、前ヒレを小さく挙げた。


「兄ちゃん、出所おめでとう。……まあ、その、大変だったな」


「カメ吉は悪くないよ。折角忠告してくれたのに、それを聞かなかったのは私だ。それに後悔はしていない」


「そうかい。……そりゃよかった。これ、見るかい?」


 そう言ってカメ吉が甲羅の裏から出したのは、南房総のタウン誌だった。そこにはサチの写真とインタビュー記事が載っていた。



『南房総の新進起業家インタビュー』


——最近回転寿司チェーン「うらしま」の3店舗目を館山市にオープンされた起業家の里見幸さんにお伺いします。里見さんは、旦那様と結婚されて二児のお母さんでもあるわけですが、起業と家庭の両立について教えてください。


 そうですね、夫は外資系企業に勤めており、いろいろと起業のアドバイスに乗ってくれました。また、テレワークが多いので、家事や育児もこなしてくれています。


——回転寿司チェーン「うらしま」の快進撃の秘訣を教えてください。


 それは乙姫様……じゃなくて、信頼できる仕入先の協力によるところが大きいです。常に美味しいお魚をお客様に提供する。そうすればお客様に満足していただけると信じています。


——最後に、回転寿司のお店の名前、「うらしま」の由来について教えてください。


 それはかつて私が大変お世話になった方のお名前からいただきました。その方には感謝しても感謝しきれません。


——今回はお忙しい中、インタビューありがとうございました。



 その記事の最後には、サチが夫と二人の子どもと一緒に、幸せそうに笑っている写真が載っていた。


 サチが幸せそうに笑っている。よかった。それに私のことをそんな風に思っていてくれるなんて。もうこれ以上望んだら望み過ぎだろう。


「サチに会いに行くかい?」


 カメ吉が聞く。


「まさか。今私が出て行ってもサチの幸せを壊すだけだ」


「そう言うと思ったよ」


 カメ吉はそう言うと、海を眺めていた。私も海を眺める。ああ、海はいつだって雄大だ。こころが落ち着く。


 私は出所時に渡された数少ない私物を入れた袋から、サチを身請けしたときにもらった『玉手箱』を取りだした。


「開けるのかい?」


 カメ吉が海を眺めたまま言う。


「ああ」


 私も海を見ながら答えた。


「悪いこと言わねえからやめときな」


「カメ吉はいい奴だな」


「バカ言え……俺は何も……」


 カメ吉が私の方を見たが、私は振り向きもせずに『玉手箱』を開けた。白い煙が私をつつみ、気づくと私はウミガメになっていた。


「兄ちゃん、実を言うと俺も竜宮城の女に入れあげた挙句、『玉手箱』を開けたらカメになって、客の送迎をするようになったんだ」


 やはりカメ吉も元は人間だったのか。私はその後、カメ吉と一緒に客の送迎を手伝うようになった。


 千葉県南房総はウミガメが多い。特に潮の流れが弱い日にはそこかしこにいる。しかし地元では、決してそのウミガメにちょっかいを出したり、捕ろうとしてはいけないと言われている。何故ならそれらは皆、竜宮城に夢を見た人間達だったのだから。あなたも南房総でしゃべるカメに出会ったら、絶対に話しかけてはいけない。



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